澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -439-
中国経済専門家の根本的“勘違い”

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020)年4月18日、中国国家統計局が発表した第1四半期のGDPは、マイナス6.8%だった。これは1992年以降、中国当局が初めて公表したマイナス成長率である。
 だが、我が国の一部中国経済専門家は、中国経済が「V字回復」していると公言する。だが、それは本当に正しい主張なのだろうか。
 今年5月3日付の『ウォールストリート・ジャーナル』によれば、中国公式の製造業購買担当者指数(PMI)は今年4月、前月と比べ50.8へ低下した。これは、(2月の悲惨な値35.7から強く反発した)3月の52.0を下回っている。
 また、中国当局による4月の公式PMI調査では、新規輸出注文の分類指数が3月の46.4から33.5へ低下し、悲観的な領域まで落ち込んだ。
 『財新』の研究機関Markitが発表した中小製造業のPMIに焦点を当てた別の調査では、民間企業が悲観的になっている。4月の指数は3月の50.1から49.4へ落ちている。
 次に、今年5月1日付『投資家』によると、中国人民銀行(中央銀行)が発表した最新のデータでは、都市住民の世帯資産は平均317.9万元(約4,769万円)に達した。だが、資産のほとんどは現物資産である。そのうち7割以上が住宅であり、金融資産は約20%に過ぎない。
 以前のデータによれば、1996年、中国人個人全体の負債比率は(GDPの)3%だった。ところが、2019年には、同負債比率が(同)56%にも達している。最も重要なことは、この数字中、消費負債だけで44%を占め、ほとんどが住宅ローンである。
 ただし、関連機関の発表によると、中国では現在、約13億9,000万人の人口を抱えているが、そのうち5億6,000万人以上が銀行預金ゼロである。彼らは「新型コロナ」の惨状下で金銭的に生き延びる余裕があるのだろうか。
 そして、同5月1日付『金融時報』は、以下のような記事を載せている。
 米ワシントンRWRコンサルティング会社によれば、中国の金融機関は2013年以来、「一帯一路」構想を通じて発行されたローンは4,610億ドル(約49兆500億円)に達するという。また、米ジョン・ホプキンス大学によると、2000年から2018年までに、中国が49のアフリカ諸国に対して行った融資総額は1,520億ドル(約16兆1,728億円)に達した。
 けれども、中国の国家開発銀行の研究員は「『一帯一路』の融資は対外援助ではないので、少なくとも元本と適度な利子を回収したい」と話している。
 「新型コロナ」が世界中に蔓延する中、中国政府が他国から融資や利子を回収できるか大いに疑問だろう。
 更に、今年5月7日、中国税関総署が発表した貿易統計によれば、米ドル換算で、今年4ヵ月間の貿易総額は1.3兆米ドル(約138.58兆円)で、前年同期比マイナス7.5%である。輸出は6,782.8億米ドル(約72兆3,046億円)でマイナス9%、輸入は6,200.5億米ドル(約66兆973億円)で、やはり5.9%減少した。貿易黒字は582.3億米ドル(約6兆2,073億円)で、マイナス32.6%となっている。今後も世界的な景気後退で、中国の貿易も大きな影響を受ける事は間違いないだろう。
 周知の如く、依然、中国国内では、「新型コロナ」が鎮静化していない。しかし、我が国の一部の中国経済専門家は、なぜか中国を特別視して、あたかも既に流行が去ったと考えているふしがある。
 事実、武漢市では「第2波」が襲って来ている。また、黒竜江省ハルピン市、広東省広州市、河北省邢台市、首都・北京市などでも「第2波」に戦々恐々としている。河南省では、中学3年生が体育の時間、マスクをしたまま突然倒れ、死亡した。
 中国でも「新型コロナ」以前のような正常の生産活動が疑問視されている。約2.9億人いると言われる農民工のうち、未だその多くが生産現場に戻って来ていない。恐る恐る再開した生産では、到底「V字回復」など見込めるはずもないだろう。
 確かに、生産活動がほとんどゼロ状態から考えれば、「V字回復」と言えなくもない。けれども、それは単なる“言葉遊び”に過ぎないのではないか。
 問題は、一部の中国経済専門家が、中国当局の宣伝を“鵜呑み”にしている点だろう。中国には、独立したマスメディアがほとんど存在しない。そのため、「大本営発表」となっている。
 また、彼ら専門家は、習近平政権が誕生して以来、経済優先の「鄧小平路線」を捨て、政治優先の「第2文革」を始めた事にも目をつむる。現在の中国経済が、経済的合理性で動いているのではなく、政治的論理で動いている事に気付いていない。たとえ、それに気付いていても無視しようとする。
 実際、民間企業が「国有化」されている。そのため、民間企業の効率性が失われ、国有企業的体質にならざるを得ない。「民国合併企業」が衰退するのは眼に見えている。中国経済の「V字回復」など、“夢のまた夢”ではないか。