澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -446-
李首相による中国のGDP630兆円発言

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 既報の通り、今年(2020年)5月28日、李克強首相は、全国人民代表大会の記者会見で「中国には月収1,000元(約1万5,000円)の人が6億人いる」と爆弾発言を行った。この数字は国内ばかりでなく、世界にも衝撃を与えた。
 その際、李克強首相は同時に「2019年、中国人の平均年収は3万元(約45万円)」だとも指摘している。
 この数字は、「6億人の月収が1000元」同様、インパクトがあった。なぜなら、中国の人口が14億人だとすれば、国内総生産(GDP)はたった約630兆円にすぎないからである(ちなみに、昨年、我が国のGDPは約554兆円だった)。
 実は、今年1月17日、中国国家統計局の寧吉喆局長は、昨年、中国のGDPが年間平均為替レート換算で14兆4,000億ドル(約1,584兆円)、1人当たりのGDPが1万276ドル(約110万円)に達したと発表している。
 我々は、国家統計局の公表した数字(約1584兆円)と李首相がリークした数字(約630兆円)のどちらを信頼すべきなのだろうか。
 前者は後者の2.5倍以上も大きい。だが、もし、中国の昨年のGDPが約630兆円だとしたら、日本の約1.14倍にすぎない。
 周知の如く、かねてより中国当局の公表する数字に関しては、疑念を持たれてきた。
 一例を挙げれば、2015年のGDPである。近頃では“古い”と揶揄される「李克強3指標」だが、未だある程度の有効性は認められるので、その数字から判断したい。
 (1)電力消費量(≒発電量。ここでは発電量)は前年比-3.0%である。現在、いくら中国では“ニューエコノミー”が成長していると言っても、そう簡単に同国で“省エネ社会”は実現できないだろう。
 (2)鉄道貨物輸送量は前年比-5.0%だった。確かに、自動車での貨物輸送量は急増している。だが、常識的に、突如、鉄道貨物輸送量がマイナスに転じることはあり得ない。事実、その後(2016年~18年)3年間プラスが続いている。
 (3)加えて、2015年、貿易総額も前年比-7.0%だった。
 (4)更に、同年、GDPに占める消費割合も近年の40%台から30%台(38.0%)と突然、転落した。
 それにもかかわらず、北京政府は同年のGDPを+6.9%と主張してはばからない。
 結局、中国の公式な数字は、世界を惑わす共産党の“戦略の一環”だと見るべきではないか。したがって、昨年、中国のGDPは李首相のリークした数字約630兆円だったと考えられる。
 さて、李首相の発表した例の「6億人の月収が1,000元」は、一体、どこから出て来たモノのだろうか。
 香港の『苹果日報』(2020年6月5日付)によると、北京師範大学中国所得分配研究院の萬海遠と孟凡強が共同執筆した「月収千元未満6億人はどこにいるのか」(『財新網』2020年6月3日付)という記事がもとになっている。7万のサンプル調査による。李克強首相は、当然、その内容を事前に知っていて、公表したに違いない。一部を紹介しよう。
 中国の人口の39.1%(5.47億人)は月収が1,000元(約1万5,000円)を下回る。
 他方、月収が1,000元(同)から1,090元(約1万6,350円)の人口は5,250万人である。したがって、1090元(同)以下の収入は全人口の42.85%(6億人)を占める。
 この6億人中、まず、546万人には収入がない。次に、2.2億人の月収は500元(約7,500円)以下で、1日当たりにすれば、約250円にしかならない。ちなみに、世界的「絶対的貧困」の基準は、1日当たり1.9米ドル(約210円)である。この中国の2.2億人は、「絶対的貧困」の範疇には入らない。だが、限りなくそれに近いので、「準絶対的貧困」層とも言えるだろう。
 また、4.2億人の月収は800元(約1万2,000円)以下であり、5.5億人の月収は1,000元(約1万5,000円)を下回っている。
 もし1,090元(約1万6,350円)から2,000元(約3万円)の範囲を“中低所得者”と定義すれば、このグループの人口規模は3.64億にも達する。
 この6億人の典型的な特徴は、大部分が農村にあり、主に中西部地区に住んでいる。老人を養い、子供を育てる大家族で、経済的負担が大きい。また、非識字率の割合が高く、大半が自営業か家庭内就業、または失業中である。
 国家統計局のデータによると、2019年の内陸部の農村住民の平均可処分所得は1万6,021元(約24万315円)で、月平均は約1,300元(約1万9,500円)である。
 一方、同統計局は全国住民の収入を5つのグループに分けている。その中で、昨年、低所得グループの平均可処分所得は年7,380元(約11万700円)、中間所得グループの平均可処分所得は年1万5,777元(約23万6,655円)だった。つまり、全国住民の40%の平均可処分所得は年1,000元(約1万5,000円)前後の範囲にある。
 中国社会科学院の蔡昉副院長は「6億人の月収が1,000人民元」というのは事実だとも語っている。
 以上のように、李克強首相のリークした数字こそ、信憑性があるのではないだろうか。