「安倍前首相のアジア太平洋構想」
―西側諸国が相容れない中国の『宗族イムズ』―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 安倍晋三前首相が打ち出した「明るく開かれたインド太平洋構想」は、新しい外交の基軸を示した。実に優れた外交政策だ。世界は中国を先進国の仲間入りさせたいために、共産党主導の国家でありながら、自由市場に迎え入れた。そのうち自由世界の仲間入りをするだろうとの楽観である。ところが世界貿易機関(WTO)に加入させてみると、やりたい放題。中国の国力は急進展し、2025年には製造業で、2049年には軍事力で米国を凌ぐ勢力になると自称した。世界中が中国との付き合い方を変えねばならないと悟った。日本も古来、中国とは2国間の関係しか思いつかなかった。かといって付き合わないと聖徳太子のようなことを言っても、現実的ではない。この結果、日米中の三角形外交論などがまことしやかに唱えられたが、中国は対等に付き合える国柄か。世界が中国と普通に付き合えないのは中国国民の道徳観が我々とは全く違うからだ。
 日本国民の道徳レベル(ルールを順守しようとする気持ち)を7点か8点とすると欧米の平均点は6点か5点だろう。これなら日欧米は同じゲームを遊べる。それに比べて中国のレベルはほぼゼロなのである。道徳観に差がありすぎると、同じゲームをしても遊べない。福沢諭吉らは中国や朝鮮とともにアジアの国作りをしてレベルを上げようとしたが、途中から“脱亜入欧”路線に切り替えた。
 なぜ中国人はルールを守らないのか。中国には2500年も前に孔子が誕生して、その名言を集めた「論語」ができた。論語自体は思想を説いたものではないが「巧言令色鮮(すくな)し仁」(甘いことを言う奴にはろくな奴がいない)というような人生教訓を説いている。私の小学生の時は一日一句ずつ暗唱させられたものだ。江戸時代には失業した武士が寺子屋を作って農民や商人の子供に教えた。論語は儒教の経典とされているが、我々が儒教から学んだのは士農工商の序列とか、忠義、孝行と言った徳目だろう。人間魚雷に志願した若者たちは「忠」のために命を落とした。
 つまり日本人は1500年で7点か8点に成長した。しかし中国人は2500年経っても到達点はゼロだ。WTOに入れてやれば、規則を守らず、知的財産の略奪を繰り返す。自国のゴミの海洋投棄、海洋資源の乱獲、ウイグル族やチベット族の強制収容。昨今の蛮行を挙げればキリがない。今後何百年教育しても中国人が並みの教養を取得することはないだろう。ヨーロッパもアメリカもはるかに遅く誕生した国だが、4000年の歴史を持ちながら共通の常識を持てないのはなぜか。4000年前から今日まで、中国を貫いてきた価値観は「宗族イズム」家族愛・親族愛精神とでもいうべきものである。守るべきものは家族・親族であり、そのためなら汚職も人殺しも許される。共産党政治局の周永康という人物はなんと1兆4,900億円の収賄をした。その中国との付き合いを世界中で見張ると安倍氏は着想したのである。
(令和2年9月30日付静岡新聞『論壇』より転載)