テンセントと楽天の業務資本提携で生じたこれだけの懸念事項

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政策提言委員・(株)アシスト代表取締役 平井宏治

 2021年3月31日、中国企業のテンセントは、その子会社を通じて、楽天が新たに発行した株を購入し(「第三者割当増資」という)、楽天の第6位の大株主になった。本件は、3月12日に公表されて以降、識者から懸念が示されていた。にもかかわらず、楽天はテンセントとの業務資本提携を強行した。
 本稿では、ポートフォリオ投資、楽天の帳簿閲覧権、中国の国家情報法との関係などから懸念される問題を取り上げたい。
 
テンセントとは何者か
 楽天の大株主になったテンセント(腾讯)グループとは何者だろうか。WeChatを知る人は多いが、その実態を知る人は少ない。
 同社は、香港証券取引所に上場する持株会社で、中国の広東省深圳市に本拠を置く。傘下にインターネット関連の子会社を持ち、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、インスタントメッセンジャー、Webホスティングサービスなどを提供する。
 2020年8月、アメリカ政府はテンセントとの取引を禁止すると公表した(注:実際には禁止に至らなかった)。同社のチャットアプリ「WeChat」を通じ個人情報が中国政府に流出するのではないかという疑念があったからと聞く。取引禁止になれば、「WeChat」の利用が禁止されるため中国人の間に衝撃が走った。
 アメリカのメディア報道によると、中国人産業スパイが、アメリカから中国へ軍民両用技術や機微技術などの移転しようとした証拠がWeChatから見つかり、連絡ツールとして使用されていたことが明るみにでた。
 2021年1月には、アメリカの国防総省がアリババとテンセントが人民解放軍を支援しているとして、中国軍関連企業リスト(Communist Chinese military companies list)への追加を計画した。しかし、財務省がこれに「待った」をかけてしまった。
 このリストに掲載された企業は、アメリカの法人、個人を問わず資本取引が禁止されるので、財務省が資本市場へのインパクトが大き過ぎることを懸念したからと言われている。人民解放軍との関係がシロだからストップがかかったのではないようだ。
 
外国為替及び外国貿易法(外為法)のポートフォリオ投資とは
 本件では外為法との関係がポイントの1つだ。わが国では、外為法で、外国企業や外国の投資家による対内直接投資等(M&Aが含まれる)に事前届出を義務付けている。
 2019年11月、外為法が大幅に改正され、2020年5月から施行された。改正内容の1つにポートフォリオ投資制度の導入がある。ポートフォリオ投資とは、経営に重要な影響を与えることを企図しない投資に限り、事前届出を免除する制度のことだ。楽天は、本件を「純投資」(=ポートフォリオ投資)と主張している。
 財務省は「外為法改正案についてのよくある質問」の中で、事前届出免除を受けるために遵守することが求められる基準は、具体的には以下の 3 基準であるとした。
 ① 外国投資家自ら又はその密接関係者が役員に就任しないこと
 ② 重要事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しないこと
 ③ 国の安全等に係る非公開の技術情報にアクセスしないこと
 
 さて、2021年3月12日に楽天が公表したプレスリリースには、以下の記載がある。
 Tencent Holdings Limited Executive Director and President, Martin Lau氏からのコメント。
 
 「楽天は、これまでメンバーシップとロイヤリティプログラムを通じて活気に満ちたエコシステムを構築し、Eコマース、FinTech及びデジタルコンテンツと比類のない強みを発揮しています。我々は楽天のユーザーに向けたイノベーションとエンパワーメントを通じた価値創造への想いを共有しています。そして、グローバルイノベーションリーダーへの進化に向けて投資を通じてサポートできることを嬉しく思います。我々は、デジタルエンターテインメント、Eコマースなどの事業を通じて戦略的提携を追求し、ユーザーへの価値創造とインターネットのエコシステムを共に創るためのパートナーシップを築くことを楽しみにしています。」(太字は筆者)
 
 楽天は、子会社で携帯端末事業も手掛ける。「通信」は、国の安全等を損なう恐れが大きい業種とされ、携帯電話事業を営む企業も対象になる。
 さらに、楽天は、2020年5月8日財務省が発表した外国人投資家が投資する際に届出対象となる上場企業518社(いわゆるコア企業)の1社でもある。そして、テンセントの社長は「(楽天と)戦略的提携を追求する」と明言している。
 M&Aには、いくつかの段階がある。最も関係が緩いのは、「業務提携」といい、資本関係は持たず、経営の独立性を保つ企業同士が共同して業務を行うことだ。次の段階が「資本業務提携」である。資本業務提携とは、業務提携とセットで、業務提携先へ経営権まで影響を及ぼさない範囲で議決権を与えるものだ。資本業務提携では、両社の提携内容を明確にする業務提携契約も締結する。
 これらのことを考えると、本件は「純投資」ではなく「資本業務提携」と映る。資本業務提携ならば、外為法に従い、1%の閾値を超える株式取得は事前審査を受けなければならない。このことは、外資規制の法的趣旨に関わる重大な論点だ。
 
テンセント子会社が持つ帳簿閲覧権
 次の論点は、帳簿閲覧権だ。
 テンセント子会社は、楽天の株式を3.65%保有する第6位の株主になった。実は、この3.65%という持ち分が重要になる。何故なら、発行済株式の3%以上を保有する株主には、会社法で帳簿閲覧権が認められているからだ。
 帳簿閲覧権とは、株主が「会計帳簿(仕訳帳、総勘定元帳、現金出納帳など)又はこれに関する資料(伝票、契約書、領収証など)」を閲覧することができることだ。会社側は一定の場合には閲覧を拒否することができるが、会社側には拒絶理由の立証責任がある。
 仮に、テンセント子会社がもっともな理由をつけて楽天に帳簿閲覧を求めた場合、楽天は謝絶理由を立証しなければ拒絶できなくなる。この立証は容易ではないだろう。
 さらに、会社法では、3%以上の持ち分がある株主は、裁判所に申し立てて認められれば、親会社(楽天)の意向を無視して子会社(楽天トラベル、楽天証券、楽天銀行など消費者相手の事業を行う会社)の会計帳簿等を閲覧できる規定がある。
 裁判所がテンセントの申し立てを認めなければ、子会社のもつ情報は開示されないが、裁判所がテンセントの主張を正当なものと認めれば、テンセントに子会社の情報が開示される。
 楽天は、この点に懸念を示す関係者に説得力のある説明をできるのか。
 
国家情報法とテンセント
 明星大学経営学部教授の細川昌彦氏は、日経ビジネスのサイトで、以下の点を指摘している。
 
 (1)そもそも米国はテンセントに対して、中国政府との結びつきから米国顧客の個人データが利用される強い疑念を持っている。
 (2)楽天は安全保障上重要な通信事業であるだけでなく、膨大な個人情報などを有している。
 
 従って、これは日本の経済安全保障にもかかわる重大な問題である。(以上、転載)
 細川教授が指摘する通りだ。識者たちが本件を問題視する理由に中国の国家情報法がある。その7条には、以下の様に記載されている。よく読んで頂きたい。
 
 《第7条 いかなる組織及び国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助及び協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密を守らなければならない。国は、国家情報活動に対し支持、援助及び協力を行う個人及び組織を保護する。》
 
 中国企業であるテンセントは、中国の法律に従う。つまり、中国政府が楽天からテンセントに流れた非公開情報の中身を知りたいと思えば、国家情報法に基づいてテンセントへ情報提出を命じれば済む。
 細川教授が指摘するように、「楽天は安全保障上重要な通信事業であるだけでなく、膨大な個人情報などを有している」。楽天は、国家情報法に基づいてテンセントに開示した情報が中国政府と共有される点について、楽天利用者が納得できる説明をしているだろうか。
 
政府は厳格な審査をするべきだ
 2020年4月1日、我が国の政府の国家安全保障局(NSS)に経済安全保障を扱う経済班が設置された。NSS経済班の存在意義の1つが、外為法を始めとする法律に基づき、わが国の安全保障に深刻な影響を及ぼすM&Aを阻止することだ。
 今回の外為法改正は、2018年アメリカで成立した2019年度国防権限法と一緒に成立した外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)と密接に関連している。
 アメリカの外資規制法であるFIRRMAの審査対象となるのは、TID(Technology, Infrastructure, sensitive personal Data)に関連する米国事業だ。アメリカ政府は、わが国の政府が、テンセント出資問題にどう対処するかに注目するだろう。
 楽天が主張するように、この株式取得が純投資であれば、10%までの株式取得に事前申請は不要だ。この場合、前述の3つの基準を厳守することが条件となる。
 テンセント子会社に一切の個人情報を開示せず、中国政府に楽天利用者の個人情報が渡らないことも説明しなければならない。「テンセントはいかなる第三者へも情報を提供しないと言いました。」ではお話にならない。
 アメリカ政府により中国軍関連企業リストに入れられそうになった会社が、資本業務提携なのに「純投資」と主張して楽天の大株主になった。楽天は、コア業種に含まれる上場企業518社の1社だ。
 わが国の政府が本件を黙認すれば、これに味を占めた懸念国が、「これは純投資」と主張して外為法の外資規制を骨抜きにし、コア業種の日本企業の大株主になり、機微技術や軍民両用技術を日本から移転し、軍事転用を行うことは、容易に想像できる。純投資でも事後報告が義務付けられている。政府には本件を厳格に審査することを期待する。
 
出典:「対内直接投資制度について」財務省国際局作成 令和元年8月22日
 
 
 外為法は、虚偽届出などに対し、最終的に売却を含む措置命令を発することができる。国民の個人情報が国家情報法により守ることができないリスクがあるなら、政府は躊躇うことなく措置命令を出し、機微技術と共に国民の個人情報を守るべきだ。