中国の国連支配、狙われる国連専門機関のポスト

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政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 新型コロナウイルス発生直後から、世界保健機関(WHO)は、なかなかパンデミックであることを宣言しないなど不可解な動きを連発した。今ではWHOのテドロス・アダノム事務局長(エチオピア)と中国との蜜月関係はかなり周知の事実となったが、中国が国際機関を支配しようという動きはWHOだけには限らない。現在、15の国連専門機関のうち、中国の強い影響力下にあるWHO以外に、国連食糧農業機関(FAO)、国連工業開発機関(UNIDO)、国際電気通信連合(ITU)の3つの機関で中国人がトップを務めている(本年8月までは、国際民間航空機関を含め4機関)。中国は自国民を国際機関のトップに据えることで、国際機関の役割を中国に有利なように変質させ、自国寄りのルール作りや情報発信を行っている。
 
国連での影響力拡大を目指す中国
 中国が国連重視の姿勢を示したのは、2003年、中国政府の法務代表者・顧問を務め、香港に関する中国と英国の交渉に携わってきた史久鏞(シウ・ジウビン)氏が中国人として初めて国連の主要機関である国際司法裁判所(ICJ)の所長に就任したことから始まる。2007年には、香港出身のマーガレット・チャン(陳馮富珍)氏がWHOの事務局長に就任した。
 2015年8月には、国際民間航空機関(ICAO)の事務局長に柳芳(リュウ・ファン)氏が就任した。同機関は、国際民間航空が安全に発達し、国際航空運送業務が機会均等主義に基づいて健全かつ経済的に運営されることを目的として設置された組織だが、柳芳事務局長が就任してからは、総会などに台湾の参加を認めず、台湾の中央通信社などのメディアさえも取材証の発行を拒否された。さらに柳芳事務局長は、新型コロナウィルス(COVID-19)の感染拡大に対する「感染症対策や航空の安全はすべての国と地域が情報を共有してこそ効果を上げられるもので、議論の場から排除すべきではない」との台湾参加を求める意見も無視していた(本年8月、柳芳氏は退任し、コロンビアのフアン・カルロス・サラサール氏に交代)。  2015年1月に国際電気通信連合(ITU)事務総局長に就任した趙厚麟(ツァオ・ホウリン)氏は、中国政府が推進する「一帯一路」構想への支持を繰り返し表明したほか、2019年4月5日には、スイスのジュネーブで、「ファーウェイ(華為)の5G設備の安全性に対する訴訟には根拠がない。ITUは10月に会議を開き、5Gの国際標準を定める予定であるが、ファーウェイの件がその制定に影響を与えることはない」と中国を擁護する発言をした。
 2019年6月に行われた国連食糧農業機関(FAO)の事務局長選では、中国の屈冬玉(チュー・ドンユィ)氏が投票で191票中108票を獲得して圧勝した。当初、カメルーンからも候補者が擁立されたが途中で辞退し、屈氏が国連途上国グループの票を集め有力候補となった。カメルーンの候補者が辞退を表明する前、楊潔篪中国共産党中央政治局委員が習主席の特別代表としてカメルーンのポール・ビヤ大統領と会談し、「2018年末に返済期限を迎えた中国のカメルーンに対する無利子融資の債務を免除する」と表明したことが同国の候補者の辞退と関係しているのではないかと言われている。
 このほか、主要な国際機関では、2015年に張暁剛(ジャン・シャオガン)氏が国際標準化機構(ISO)の会長に、2016年には孟宏偉(モン・ホンウェイ)氏が国際刑事警察機構(INTERPOL)の総裁に就任した。この孟氏は、2018年10月、中国共産党中央規律検査委員会・国家監察委員会により取り調べ対象となっていることが明らかとなり、総裁を辞任した(天津中級人民法院で収賄罪により懲役13年6月、罰金200万元の判決)。
 こうした中国の国連支配の思惑が挫折したのは、2020年3月、特許や商標の保護を促進する世界知的所有権機関(WIPO)の事務局長選挙で中国人候補が敗れたことだ。当初は中国人の王彬穎(ワン・ビンイン)WIPO事務次長が有力とみられていたが、逆転してシンガポール知的財産権庁長官のダレン・タン氏が選出された。当時、トランプ政権は、中国人の王氏がWIPOのトップに就けば、知的財産に関わる重要な情報が中国に流れる恐れがあるとして、タン氏への支持を各国に呼びかけていた。日本は、特許庁出身の夏目健一郎WIPO上級部長を擁立していたが取り下げ、米欧と共同歩調をとった。王氏敗北の結果については、中国の影響力の拡大により国際協調による平和を目指す国連の理念が損なわれるのではないかとの各国の懸念が表面化したものと見られている。
 
日本の国連専門機関ポスト奪還は極めて重要
 2006年11月のWHOの選挙では、日本は尾身茂WHO西太平洋地域事務局長(現・新型インフルエンザ等対策有識者会議会長)を擁立したが、結局、香港出身のマーガレット・チャン氏に敗れた。この敗因については、選挙の直前、「中国・アフリカ協力フォーラム」第1回首脳会議(2006年11月)にアフリカ48ヵ国の首脳らを北京に招いて、胡錦涛国家主席が、「2009年の中国のアフリカに対する援助の規模を2006年から倍増させること」「2005年末に返済期限を迎える重債務国や最貧国に対する中国の無利子融資の債務を免除すること」などを含む8項目の対アフリカ政策を発表していたことが大きく影響したとされている。その後、日本政府は国連における影響力の低下に危機感を強め、今年2月には、外務省と国家安全保障局(NSS)を共同議長に16省庁が参加する連絡会議を初めて開き、国際機関のポスト獲得へ政府一体で取り組む方針を確認した。その効果が結実し、8月には、万国郵便連合(UPU)の国際事務局長選挙に日本郵便の目時政彦常務執行役員が選出された。日本は、かつてWHOや国連教育科学文化機関(ユネスコ)などでトップを務めたが、2019年に国際原子力機関(IAEA)事務局長天野之弥氏が在任中に亡くなって以来、トップはいなかった。今後、米国やEU、アジア諸国との関係を深め、国際機関で影響力を発揮するためには、事務局に日本人職員を増やし、日本人が幹部ポストにいることで意思疎通や関係構築がスムーズになることが非常に重要だ。