経済安全保障を積極的に推進する日本政府、公安調査庁との連携に期待

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政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 2021年10月4日、岸田新内閣が発足した。首相は、外交・安全保障政策では自由や人権など普遍的な価値を守るとともに防衛力強化を図るとして、茂木敏充外相(65歳)と岸信夫防衛相(62歳)を再任し、新設の経済安全保障担当相には小林鷹之氏(46歳)を就任させた。まだ新内閣は発足したばかりのため、実力の程は定かではないが、経済安保を推進するNSS経済班と今年2月、「経済安全保障関連調査プロジェクト・チーム」を設置した公安調査庁との連携した動きが期待される。
 ちなみに公安調査庁は、公共の安全の確保を図るため、法務省の外局として設置された組織だ。オウム真理教などへの観察処分という団体規制機関という側面と国際情勢に対する情報の収集・分析を行う情報機関という側面を併せ持っている。元々は、終戦後、内務省が解体された際、GHQ参謀第2部が元特高警察関係者の知識や経験を利用して情報収集や謀略活動に当てるため、これら関係者を「法務庁特別審査局」に入局させ、レッドパージ(red purge、日本共産党員とシンパの公職追放)の先鋒として活動させていた。その「法務庁特別審査局」を母体として、軍国主義、国家主義、暴力主義、反民主主義団体を取り締まる組織として発足したのが「公安調査庁」だ。公安調査庁設立時には、特別高等警察、領事館警察(外務省警察)、陸軍中野学校、旧日本軍特務機関、憲兵隊の出身者が参加し、その後は警察や自衛隊関係者も参加した。
 
中国による技術流出事件が多発
 近年、諜報活動の在り方が変化しており、従来は政治・外交・軍事等に関する情報をめぐり政治家や外務省職員、軍関係者が標的とされていたが、現在は、優越した先端技術を持つことが経済発展を促し、国力を大きく進展させることから、民間企業や研究機関も対象となっている。特に最近は、中国とみられる技術流出事件が相次いでおり、今後も格別の注意が必要だ(以下、産経新聞など報道とりまとめ)。
 2017年10月、ネジ加工工具やドリルなど切削工具製造の国内最大手「オーエスジー(OSG)」(愛知県豊川市)の元男性社員(62歳)が不正競争防止法違反(営業秘密の侵害)容疑で逮捕された。元社員は、中国人の知人の男に見返りを約束されて情報を流したとみられる。
 2019年2月27日、「富士精工」(愛知県豊田市)の社員で中国籍の申永輝容疑者(31)が不正競争防止法違反の疑いで逮捕された。申容疑者は1月29日ごろ、不正な利益を得る目的で会社のサーバーにアクセスし、自動車製造に使用される設計図などの営業秘密の情報を複製した疑いがもたれている。
 2019年6月、タッチセンサーの技術情報を中国に不正に持ち出したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得など)の疑いで、電子部品製造大手「NISSHA」(京都市中京区、旧日本写真印刷)の元社員、寺谷和臣容疑者(43歳)=中国居住=が逮捕された。寺谷容疑者は、NISSHA退職後、競合他社である中国の企業に転職したという。
 2020年10月、積水化学工業の男性元社員(45歳)が中国企業「潮州三環」にスマートフォンのタッチパネルなどに使う「導電性微粒子」の製造工程に関する機密情報を漏らしたとして10月中旬、大阪府警に不正競争防止法違反(営業秘密侵害)の容疑で書類送検された。元社員は2019年に解雇された後、通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)に再就職していた。元社員が中国企業と関係を持った切っ掛けは、中国の「潮州三環」の社員がビジネス向けSNS「リンクトイン(LinkedIn)」を使って、元社員のプロフィールなどを検索してやり取りが始まったことによる。その後、元社員は中国にいる「潮州三環」の社員を複数回にわたって訪問した。
 これら一連の技術流出事件で特徴的なことは、「自動車製造関連や電子部品製造関連企業が狙われていること」だ。これは自動運転技術をはじめとする中国の重点産業政策において、外国の技術盗用が一段と進んでいることを示唆している。
 
官民連携が中国に対抗する強い武器となる
 中国情報機関によるアセット(協力者)獲得の特徴は、例えば、展示会等における商用を機会とした接触、趣味や飲食の場で偶然を装う接触などを端緒として、その後、ターゲットと1対1で面談し、相手の性格、嗜好、弱点や不満等を聞き出す。そして最初は製品のパンフレットの入手程度の軽い仕事を頼んで反応を見、次第に要求する情報のレベルを上げていく。相手が給与や人事の不満を抱えていることが分かれば、金銭の授受や有利な条件での転職を勧めてくる。また中国側は、普通の商談のように見せかけて、第三国を利用した不正輸出に日本企業を巻き込もうとする可能性もある。こうした中国側のアセット獲得や不正輸出に巻き込まれないためには、社員教育を通じた機微情報の防衛意識の向上、中国側の仕掛ける不正行為のパターンの習熟などが重要で、そのためには公安調査庁など行政機関との連携が是非とも必要だ。
 そもそも民間企業は各界各層、各地域における経済的社会的組織であり、国全体の安定に寄与する重要な基盤だ。そのため、企業内でインテリジェンス教育を積極的に推し進めることは、企業における情報保全意識の向上だけではなく、地域社会における情報保全の体制構築も期待できる。公安調査庁は、創設以来、中国、ロシア、北朝鮮などに関する膨大な情報の蓄積と分析能力を持っているが、どれほど優秀な情報機関や防諜機関を設立できたとしても、民間の協力がなければその能力は思うように発揮できない。更にこれまで未整備だったスパイ防止法の制定と特定秘密保護法の厳罰化が実現すれば、日本全体の防衛能力が著しく向上することは間違いない。強力な情報機関と情報関連法を持つ中国に対抗するには、人と組織、組織と組織の強いつながり、そして強力な法律が大きな武器となるのだ。