死文化した「反覇権」、形骸化した「善隣友好の精神」

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理事・拓殖大学政経学部教授 丹羽文生

 1978年8月、日本と中国との間で日中平和友好条約が結ばれた。今から45年前のことである。日中国交正常化の際に交わされた「日中共同声明」の第8項には「両国間の平和友好関係を強固にし、発展させるため、平和友好条約の締結を目的として、交渉を行うことに合意した」と記されたが、その後、交渉が難航し、締結までに6年もの歳月を要した。
 日中平和友好条約のポイントは、まず「主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させる」と同時に「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えない」こと、「アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国又は国の集団による試みにも反対する」こと、さらには「善隣友好の精神に基づき、かつ、平等及び互恵並びに内政に対する相互不干渉の原則に従い、両国間の経済関係及び文化関係の一層の発展並びに両国民の交流の促進のために努力する」ことである。このうち、「覇権」を否定する一文は、当時の覇権主義的なソ連の脅威に対抗するため、中国側が日本側に強く求めたものだった。
 北方領土問題を抱える日本側としては、ソ連を無用に刺激すべきではないとして、これに反発する向きもあったが、最終的に「第三国との関係に関する各締約国の立場に影響を及ぼすものではない」とする所謂「第三国条項」を挿入することで妥結が図られた。「反覇権」は特定の国や地域を念頭に置いたものではなく普遍原則であり、日本、中国それぞれの外交スタンスを拘束しないということを明確にしたわけである。
 しかしながら、今日における「習近平の中国」は、かつて敵対した旧ソ連(ロシア)と同じく明らかに「覇権」そのものである。ウイグル、チベット、南モンゴルにおける人権弾圧、台湾に対する軍事的威嚇、さらに尖閣諸島周辺海域への中国公船による領海侵犯も日常茶飯事化し、中国において罪なき日本人が拘束されるというケースも相次いでいる。昨年(2022年)8月の台湾近海における軍事演習では日本のEEZ(排他的経済水域)内に5発のミサイルを落下させた。「反覇権」の条文は死文化、同じく日中平和友好条約に謳われる「善隣友好の精神」は形骸化していると断ぜざるを得ない。
 1974年4月、当時、中国副首相だった鄧小平は第6回国連特別総会の一般討論演説で「もしも中国がいつの日か変節し、超大国となり、しかも世界の覇権を握り、そこらじゅうで他国をいじめ、他国を侵略し他国から搾取するようになったら、その時には、世界の人民は中国のことを『社会帝国主義だ』と非難し、中国の悪事をあばき、中国に反対し、そして中国人民と協力して中国を打倒すべきです」と訴えた。その模様はYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=EHnqW3QgZY4)で見ることができる(日本語字幕入り)。この鄧小平の主張に従えば、「習近平の中国」は明らかに国際社会にとって「打倒すべき」対象ということになる。
 「習近平の中国」に「恒久的な平和友好関係」など、とても期待できない。毅然と中国に対峙していく覚悟が求められよう。