朝日新聞「論壇時評」の奇々怪々

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 日本の雑誌ジャーナリズムはそれなりに日本の社会で貴重な役割を果たしてきた。国際問題や日本政治、社会問題、そして文化、文藝など日本国民にとって重要なテーマを新聞よりはずっと深く切り込んで、報道し、論評してきた。その主体は長年、月刊の総合雑誌だった。
 その雑誌ジャーナリズムの業績としては文藝春秋の日本共産党研究や田中角栄論は大新聞の先を遥かに走っていた。そしてその大新聞は雑誌の報道や評論を後追いするかのように毎月、論壇時評というようなタイトルで総合雑誌の主要記事を紹介し、論評している。
 「論壇時評」というその評論記事のタイトルは各新聞によってやや異なる場合もあるが、大方はそんな表現である。朝日新聞も読売新聞もまったく同じ論壇時評という題名である。産経新聞も同様だ。毎日新聞もときには論壇フォーラムという題名も使うが、大体は論壇時評だった。
 
 さて各主要新聞の論壇時評には奇妙な特徴がある。奇妙というより偏狭といった方が正確かも知れない。この論壇時評が幅広く総合雑誌を見渡して、優れた記事、核心を衝く論文を取りあげて評価すべきなのに、自紙の政治的なスタンスを前提とし、その政治傾向に沿った雑誌や論文しか取りあげないのである。このイデオロギー的偏向は朝日新聞がもっとも目立っていた。
 朝日新聞の論壇時評はまずその評者の選択から偏向している。自分の新聞の反保守、反自民、左翼・社会主義傾斜という基調の学者や専門家にその時評を書かせるのだ。だから当の朝日新聞の左傾イデオロギーに合致した雑誌や論文だけを取りあげるのが常だった。具体的には岩波書店刊の雑誌「世界」の論文がいつも多い。一方、明らかに保守の月刊総合雑誌の「Will」 や「Hanada」は決して取りあげない。
 もっともこの二つの保守系総合雑誌は他の新聞、つまり読売、毎日、産経などでもその論壇時評で言及されることがまったくといってよいほどないのだ。これは奇妙な現象である。「Will」も 「Hanada」も立派な総合雑誌である。部数もそれぞれ数万、あるいは10数万と、いまの総合雑誌全体のなかでは最大級だろう。その2誌に載る論文も勢いがよい。だが主要新聞は無視なのだ。一体、なぜなのだろうか。
 とくにこれまでは朝日新聞の保守系雑誌の無視ぶりが徹底していた。産経新聞が刊行する月刊雑誌の「正論」も時宜を得た論文を毎号、多数、掲載する。日本の安全保障や外交問題についてのレポートや評論も頻繁に載る。だが朝日新聞の論壇時評が「正論」に触れることは、私の長年の考察の範囲ではただの一度もなかった。この長年の朝日新聞の偏向は奇妙さらには狭窄だといえた。
 ところがその朝日新聞の論壇時評に最近、変異が起きたのだ。10月26日の朝刊の同紙の論壇時評だった。この時評の全体の執筆者は東大社会科学研究所の宇野重規教授である。宇野氏は朝日御用学者の色彩をにじませるスタンスで左傾雑誌の「世界」に載った論文を最優先で取り上げ、ほめていた。
 だがその評論の下段に朝日新聞の論壇委員が選ぶ「今月の3点」という欄があって、6人ほどの委員がそれぞれこの月にもっとも興味を惹かれた論文3点をリストアップして、賞賛していた。その欄になんと「Hanada」 11月号という文字があったのだ。同時に「正論」11月号という記述もあった。私の知る限り、朝日新聞の論壇時評に「Hanada」 や「正論」という文字が出たのは初めてだった。朝日新聞になにか変化が起きたのだろうか。それとも日本の論壇ではついに「Hanada」も「正論」も、朝日新聞でさえ無視できない地歩を固めたということなのか。
 この保守系両雑誌の論文を「今月の3点」としてあげたのは気鋭のルポライターとされる安田峰俊氏だった。安田氏は中国共産党政権の内外での人権弾圧などについての著作が多く、大宅壮一ノンフィクション賞の最近の受賞者でもある。朝日新聞の左傾度からすれば、明らかに異なる政治スタンスを感じさせるジャーナリストのようだ。
 ちなみにその安田氏が「今月の3点」うちの2点としてあげたのは「Hanada」11月号の百田尚樹、有本香「日本保守党が日本を取り戻す」と、「正論」11月号の東野篤子「『プーチン擁護論』の歪みと陥穽」だった。
 この朝日新聞の論壇時評の変化は長年、その内容をみてきた私のような人間にとっては奇々怪々にも映る。一体、なにがこんな変化を生んだのか。その答えを知る人がいれば、ぜひとも教示を願いたいところである。