中国の「テクノオートクラシー」VS米国の「テクノデモクラシー」

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政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷昌敏

   米国のバイデン政権は、中国などの「テクノオートクラシー(技術独裁主義)」の対抗軸となる 「テクノデモクラシー(技術民主主義)」の結集に向け、半導体と人工知能(AI)、次世代通信ネットワークを米国のアジア戦略の中心に位置付けている。その核となっているのが、先端科学技術などの高度な技術を保有する民主主義国12ヵ国で構成する「テクノデモクラシー12」構想である。もともと、この構想は外交問題評議会のジャレッド・コーエン氏と「新米国安全保障研究所」(CNAS)の最高経営責任者(CEO)、リチャード・フォンテーン氏が提案したもので、米、仏、独、日、英、豪、カナダ、韓国、フィンランド、スウェーデン、インド、イスラエルを指す。目的は、これら先進的な民主主義国が協力して、高度な技術分野における安全保障と経済的な脆弱性を軽減することであり、半導体、人工知能、次世代通信ネットワークなどの分野で協力し、技術の発展と安定供給を促進することにある。
 中でも半導体は現代社会において不可欠な技術であり、自動車、スマートフォン、コンピュータなどの様々な製品に使用されており、半導体産業の安定供給を確保し、経済的なリスクを軽減することは非常に重要だ。また、サイバーセキュリティやハイテク犯罪などの技術的な脅威に対し、国際的に連帯する必要がある。テクノデモクラシー12構想は、技術分野での協力を通じて、経済的な競争力を高めていくことを目的とし、参加国は共同で成果を上げ、国際的な地位を向上させることが可能となる。すなわち、テクノデモクラシー12構想は技術と政治の融合を通じて、持続可能な発展と安全保障を追求する民主主義国の協議体なのである。
 さらにバイデン大統領は中国の台湾侵攻による半導体供給網の寸断を警戒し、日米台韓の緊密な連携が不可避と見て、2022年5月、米主導の経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity, IPEF)」を公表した。同年9月には、「高水準で、バランスのとれた、公正な貿易」、「サプライチェーンの強化」、「クリーン経済」、「公正な経済」を4本の柱として挙げた。このIPEFには、オーストラリア、ブルネイ、フィジー、インド、インドネシア、日本、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、米国及びベトナムの合計14ヵ国が参加している。
 
「テクノオートクラシー」と「テクノデモクラシー」
 そもそも中国が掲げる「テクノオートクラシー」と米国が掲げる「テクノデモクラシー」とは、どのようなものなのだろうか。
 「テクノオートクラシー」とは、技術(テクノロジー)と独裁政治(オートクラシー)の融合のことだ。テクノオートクラシーでは、技術が政治的・社会的な統制の手段として利用され、人々の行動や情報の流れをインターネットやソーシャルメディアなどの情報通信技術を通じて、監視・制御することで権力者が独裁的な支配を行う。
 テクノオートクラシーの特徴としては、「テクノロジーを利用して情報の流れを操作し、偏向させることで、政府や権力者の意図する情報が社会に中心的に流れる」、「テクノロジーで抗議や反対意見を持つ個人や団体を特定し、弾圧する」、「テクノロジー企業やプラットフォームが政治的な影響力を持ち、政府と協力して市民の情報や行動をコントロールする」などがある。テクノオートクラシーは、テクノロジーの急速な発展と共に、情報社会における権力構造の変化を反映した概念として注目されている。
 一方、「テクノデモクラシー」とは、技術(テクノロジー)と民主主義(デモクラシー)の融合という概念で、技術が民主主義的なプロセスや価値観を促進し、民主主義の健全性や参加の促進に寄与することを強調する。
 テクノデモクラシーの特徴としては、「テクノロジーが普及することで、情報へのアクセスが容易になり、民衆が情報を共有して意見を自由に交換することが可能となる。これにより、意思決定プロセスにおける透明性が向上し、民主主義の原則が強化される」、「インターネットやソーシャルメディアなどのテクノロジーが政治参加を促進するプラットフォームとして機能する。オンラインでの政治的な議論や活動が民衆の政治参加を拡大し、民主主義の健全性を向上させる」、「テクノロジーを活用したコミュニケーションツールやオンラインプラットフォームを利用することで、市民は政治的な組織化や行動を容易に行うことができるようになる。これにより、市民の声が政策決定に影響を与える機会が増え、民主主義が強化される」、「テクノロジーを活用した政府のオープンデータや電子政府サービスが、政府の透明性と責任を高めるのに役立つ。市民は政府の活動や意思決定プロセスについて、より容易に情報を入手し、政府の行動を監視することができる」などがある。
 テクノデモクラシーは、テクノロジーが民主主義的な価値観と組み合わさることで、より包括的で参加型の政治システムを実現可能だ。ただし、テクノロジーの利用には潜在的なリスクや課題も存在するため、適切な規制や監視も必要とされる。
 
  海外のテクノロジー企業の日本進出
 こうした米中の対立の中で、海外の重要なテクノロジー企業の日本進出が際立ってきている。
 対話型AIの「Chat GPT」を開発した米オープンAIがアジア初の拠点を日本で立ち上げることを計画し、オープンAIと提携するマイクロソフト社も2年間で29億ドルを投じて、日本でデータセンターを増強する方針を表明した。AIの開発や運用に適した最先端の半導体などを導入する。クラウドサービスでマイクロソフトと競合する米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)や米グーグルも国内で大規模なデータセンター投資に乗り出し、日本の行政当局のパブリッククラウドの受注争いなどに参入する。
 また世界最大の半導体受託生産会社、台湾積体電路製造(TSMC)は約1兆3,000億円を投じて熊本県内に建設した工場で24年末までに演算用半導体の量産に乗り出す。さらに約2兆円を投じ、27年の稼働に向けて第2工場を建設する計画だ。
 日本は、経済安全保障上の地政学的な重要性だけではなく、一定規模の市場と産業の集積があることが大きな利点であり、中国の「テクノオートクラシー」に対抗する米国の「テクノデモクラシー」の要とも言える存在となっている。だが、今後、さらにテクノロジー企業が集中することになれば、厖大な電力を消費する生成AIなどに対応するための大幅な電力供給の向上が必要とされるなど、日本は国を挙げた取り組みの強化が求められるだろう。
 
 参考:「OpenAIやMicrosoft、対日投資拡大、経済安保が追い風」2024年4月15日付日経新聞