ペンス対中政策演説の日本への意味

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカのマイク・ペンス副大統領が10月24日、中国に対する政策についての重要演説をした。トランプ政権の強固な対中政策のさらなる引き締めだった。このアメリカ側の中国への抑止、対決の姿勢は日本の安倍晋三政権の対中姿勢とはあまりに異なる対照を描く。ペンス演説はだから安倍政権への重要な課題を突きつけた形となった。
 今回のペンス演説は中国共産党政権が国内、対外の両面で無法な行動をこれまでよりもさらに強めたと断じ、アメリカ側もこれまで以上に強く、その中国の抑止を強化することを宣言していた。
 ペンス副大統領は昨年10月にトランプ政権としての初の総合的な対中政策を発表した。今回はちょうどその1年後にその対中政策をさらに強めていくことを具体的な措置の数々を挙げて、言明したのだった。
 ではこの今回のペンス演説が日本政府にとってどんな課題を突きつけたのか、以下に説明しよう。
 その第1は、中国の尖閣諸島への威圧的な軍事行動への非難である。
 ペンス副大統領は中国が尖閣諸島の日本領海・接続水域への中国海警の武装艦艇の60日連続の侵入を非難した。同時に尖閣周辺の日本領空への中国軍の戦闘機の侵入や異常接近が急増したことへも抗議を表明した。
 ところが肝心の安倍政権は、中国に対して尖閣への威圧的で違法の軍事侵入に対して公式には何も抗議していないのである。自国領土への外国の無法な侵入を自国政府は何も述べず、同盟国のアメリカがそれを代弁する。なんとも奇妙な状況なのである。
 第2は、中国のウイグル人や香港市民への中国共産党政権の人権弾圧への糾弾である。
 ペンス副大統領は中国当局による新疆ウイグル地区でのウイグル人住民の大量強制連行や宗教の弾圧を具体的に非難した。香港市民への中国共産党政権の抑圧をも非難して、香港市民への強い支援の言葉を述べた。台湾の住民の民主主義保持を礼賛し、中国共産党もそれに習えとまで言明した。
 ところがわが安倍政権は、中国当局の人権弾圧に関しては公式には何の非難も表明しないのである。民主主義国としての基本的な価値観への信奉を疑われる態度だといえよう。香港や台湾の市民たちの日本に対する人権擁護や民主主義支持への期待は大きい。だが安倍政権はそれに答えていないのだ。
 第3は、中国との交流の制限である。
 ペンス副大統領はトランプ大統領が最近、中国側でウイグル人弾圧に関与した政府高官らのアメリカへの入国禁止を発表したことを強調した。中国の無法な行動の阻止のためには交流をも制限するという基本姿勢の表明だった。アメリカ議会はすでにチベットについても同様に人権弾圧に関与した中国当局者のアメリカ入国を制限する法案を可決した。
 ところが安倍政権では首相自身が10月の国会での演説で「中国とのあらゆる分野での交流の拡大」を言明したのである。まして日中の交流中の交流、中国の習近平国家主席を来年春、日本へ国賓として招くという方針を首相自身が桜の開花と結びつけてまで強調したのだ。

 日米両国政府の中国に対する政策のこれほどの違いをどう解釈すればよいのか。
 もちろん中国に対する立場や利害が日本とアメリカとで異なる点も多いことは、自明であろう。その結果、対中政策が異なることも自然だろう。
 だがその一方、日米両国は同盟国である。本来、民主主義、人権、法の統治という基本的な価値観を共有するからこそ日米安保条約があって、そのうえに相互防衛である同盟関係が築かれてきたわけだ。だからその基本的な価値観にかかわる領域で日本とアメリカとはまったく異なる対外姿勢をとるとなると、アメリカとの同盟への影響も考えられる。
 まして尖閣諸島への軍事攻勢、ウイグルや香港の住民への人権抑圧となると、アメリカよりもむしろ日本にとってその負のインパクトはより大きいともいえよう。日本にとっての重大課題なのである。その課題について沈黙を守れば、中国の行動を容認すると受け取られてもしかたないだろう。
 ペンス演説ではどうしてもこうしたことを考えさせられてしまう。