中国の思惑が壊れていく現実
―南シナ海の軍事基地化・AIIB・不良債権・バブル崩壊―

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会長・政治評論家 屋山太郎

中国が南シナ海の岩礁を淡々と軍事基地化しつつある真っ最中に国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所が、7月12日、中国の侵略の言い分は「全く根拠がない」とばかりに叩き潰した。
 直後に開かれたASEAN諸国の2つの会議で、中国はカンボジアやシンガポールなど議長国を押さえ込んで「中国批難」の声明を出させなかった。王毅外相などは「これでページはめくられた」とうそぶく始末である。さらなる中国の大目標に向かっていく意気込みだが、これだけ世界が複雑化していると、中国一国の意思だけでまっしぐらに国際社会を駆け抜けるわけにはいかない。
 南シナ海の事件は単に中国の軍事的側面を示すのみだ。その軍事力を強化する財政を賄い、一方で軍事技術を進化させることはまた別の能力が必要だ。
 中国は不況から脱するために各地方政府に債権の発行を許し、その額は年間で300兆円を超えている。これは米国の民間債権増加額の2倍近い額だという。上海、北京などの不動産市場はバブルと化し、パンクすれば数百兆(円)規模の不良債権が発生する。GDPは年率6.5%で伸びているというが、この数字は専門家なら誰もが疑う数字だ。
 国内の産業を興そうにも殆ど不可能だ。例えば「世界の工場」の象徴だった広東省の珠江デルタ地域では製造業を中心に年間4000社以上が倒産している。これは人件費が最高値に止まっていて企業の利益率が低下しているためで、明るい見通しは全く立たないという。
 こういう国内の行き詰まりを打開するため中国政府が考え出したのが、強大な国際金融機関AIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立し、これを使って、周辺国に一帯一路の公共事業をやらせる手である。AIIBが機能するに当たっては国際通貨基金が元を国際通貨(SDR)に指定しなければならない。目下承認は得たが、事業を発注した国は貰った元では他の国に支払えないと躊躇するという。ジャカルタに鉄道を敷設することになったが、拙速に過ぎて工事はストップ中だという。
 一帯一路といえば、中国が周辺国を潤してくれると思いがちだが、事業をやらせて中国で過剰になっている鉄鋼と原料を消費させようという「植民地経営」の手法そのものだ。中国バブルは自国鉄鋼業の構造改革をやるしか解決の道はないのにだ。
 軍事技術の開発は目下はサイバー攻撃一点張りの様相だ。しかしこの”泥棒作戦”には限界がある。相手が泥棒対策をほぼ完璧に行うようになると「改良技術」をもたないから、軍備は常に二流のものになる。アメリカの大統領候補トランプ氏は「中国の知的財産の泥棒は許さない」と叫んでいる。
 社会主義という独裁体制を維持しながら、最も精密で緻密な資本主義市場を操作するとはおこがましいのである。財政と軍事技術からみると中国の世界制覇はとても無理だ。
                                                                                                         (平成28年8月3日付静岡新聞『論壇』より転載)