澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -175-
蔡英文台湾総統の支持率低下とその原因

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2016年)5月20日の就任以来、蔡英文台湾総統の支持率(正確には満足度)が徐々に低下している。
 野党・国民党に近いTVBSが、去る11月18日夜と同20日午後から夜にかけて、電話で世論調査を行った。対象は20歳以上の1071人である。
 その結果、蔡英文統総の支持率が、就任1ヶ月後の47%から、就任半年後の26%まで低下した。逆に、蔡総統に対する不支持率が、(同)18%から(同)46%まで上昇している。 
 特に、40代(支持18%:不支持57%)と50代(支持24%:不支持57%)の所謂働き盛りの人達に、不支持が拡がっている。
 ただ、台湾は、「半大統領制」(大統領が首相を任命)なので、林全行政院長(首相)にも、その責任の一端があるだろう。
 ちなみに、林全院長への支持率は、就任1ヶ月の38%から就任半年後の23%まで下がった。そして、林院長への不支持率は、(同)33%から(同)47%へと増大している。
 台湾住民の不満の原因は、いくつか考えられよう。
 第1に、休日問題である。
 国定の休日(全部で7日)に、緊急事態のために出勤すれば、休日手当のほか、他に休みが代替できる。
 他方、普通、会社の休日に出勤した際にも、休日手当は保証される。だが、国定休日と違って、他に休みを取ることができない。
 現在、蔡政権は、国定休日を廃止し、週休2日制度を導入しようとしているが、台湾住民に歓迎されていない。
 第2に、年金制度改革問題である。
 軍人・教師・公務員が定年退職した後、退職金を銀行へ預けると18%の利子がつく。この旧態依然とした制度を廃止しない限り、近い将来、年金制度は破綻するだろう。
 ただ、定年退職した軍人・教師・公務員(既得権益を享受者)の反対は凄まじい。今年9月、蔡政権の掲げる年金制度改革反対の大規模デモが台北で行われた(主催者側の発表では、約25万人。警察の発表では約12万人)。
 無論、最大野党の国民党も、同改革に反対している。元来、この制度は、外省人中心の国民党が台湾エリート層を取り込むため、導入した制度である。
 第3に、台湾政府は、年明けから我が国の福島県を除く周辺4県で生産した食料品の輸入を解禁しようと検討している。この政策も受けが悪い。
 周知のように、2011年3月11日、我が国では「東北大震災」が起きた。その際、福島第1原発でメルト・ダウンが生じ、放射能漏れが発生している。そこで、当時の馬英九政権は、福島県と周辺4県で生産された食料品に対し、輸入制限を行ってきた。
 しかし、今年、政権交代後、蔡英文政権は東北地方からの一部食料品輸入解禁に動いている。
 ただ、上記のTVBSの世論調査を見る限り、その輸入解禁への反対が根強い。解禁賛成派は13%で、反対派は73%にも上る。
 もし、民進党政府が、これを強引に推し進めたら、世論の強い反発を覚悟しなければならないだろう。
 第4は、同性婚問題である。
 蔡英文政権は、アジアで最初の同性婚を認める政策を打ち出した。台湾島内では、それに対する賛成と反対が拮抗している。蔡英文政権にとっては、同性婚も悩ましい問題の一つだろう。
 ところで、一部の論者は、蔡英文政権が、いつまでも中華民国という体制にしがみつき、「台湾共和国」へと突き進まないから、支持率が低下するのだと主張する。
 しかし、台湾島内の状況はもとより、東アジア情勢は、彼らが主張するほど楽観視できない。
 目下、中国の習近平政権は、(江沢民・胡錦濤政権時よりも)対外的に強硬な姿勢を採っている。蔡英文政権が中華民国を捨て「台湾共和国」へ脱皮しようとすれば、おそらく習政権は武力行使も厭わないだろう。
 一方、言うまでもなく、米国は台湾最大の後ろ盾である。今年11月、大統領選挙では、トランプ共和党候補が「アメリカ・ファースト」を掲げて当選した。
 だが、トランプ次期大統領が、在日米軍撤退等の東アジア政策を急激に変えるとは考えにくい。東アジアが不安定化すれば、米国の国益に反するからである。
 だからと言って、トランプ次期政権が、蔡英文政権による「台湾共和国」建国を支援・協力するとは到底思えない。
 現在、中国共産党政府は多くの矛盾を抱えている。習近平政権下、遠くない将来に、必ずやその矛盾が吹き出すだろう。台湾はその機会を待つ方が得策である。蔡政権は「台湾共和国」建国など急ぐべきではない。