EPAによる看護師・介護士受入れは「焼け石に水」

.

顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 EPA(経済連携協定)による外国人看護師・介護福祉士候補者の受け入れが始まって10年になる。インドネシア、フィリピン及びベトナムの3ヵ国が対象だが、現状を一言でいえば全くの「焼け石に水」である。
 今春に国家試験に合格した上記3ヵ国の者は、看護師が65人、介護福祉士が104人で、合格率はそれぞれ14.5%、49.8%である。試験全体の合格者は看護師が55367人、介護福祉士が55031人であるから、外国人の合格者割合は看護師が0.12%、介護福祉士が0.19%となる。なんと、看護師の852人に1人、介護福祉士の529人に1人しか外国人の合格者はいないのである。
 日本の医療・介護の現場では看護師・介護福祉士の人手不足が叫ばれて久しい。現在介護職員は全国に180万人近くいるそうだが急増するニーズに人材確保が全く追いつかない。外国人介護士を含む新規参入の促進が急務だが、特に外国人の受け入れ条件は厳しく、仮に日本に来ることが出来たとしても国家試験合格までのハードルは極めて高い。東南アジアから来た候補者の大半は国家試験を途中断念するか不合格になって帰国する。加えて、国家試験に合格しても職場環境になじめず、在留期間の満了を待たずに帰国してしまう者もいる。
 過去9年間に看護師国家試験を受験したEPA来日者は総数(延べ人数)で2994人に上るが、合格した者は266人で合格率はわずかに8.9%にとどまる。日本人の合格率は毎年90%前後であるから外国人の合格率の低さは驚きである。介護福祉士試験の場合は過去6年間のEPA受験者総数が1176人、このうち合格した者が506人で合格率は43%と比較的高いが、日本人の合格率は60~70%だからこちらも見劣りがする。
 こうした状況を改善すべく、看護師試験の場合は受験可能期間3年を更に1年延長、介護福祉士の場合も4年目に受験(一発勝負)できる現行制度を5年目も可能にする措置がとられる。それでも不合格なら帰国するしかないが、帰国後も在留資格「短期滞在」で再度入国し国家試験を受験することを可能にしている。また、外国人受験者に最大のハンデキャップになっている日本語(特に漢字)の難しさを考慮し、筆記試験の問題文にある漢字に読み仮名をふるなどの工夫もこらされているようだが、状況の抜本的な改善にはなっていない。
 私見を言えば、両国家試験における外国人合格者の割合を全体の1%程度までは引き上げたい。そのためには看護師で現在の8倍、介護福祉士で5倍の合格者数が必要になる。これを実現するには合格率を上げるだけでなく、受験者数という「分母」も大きくしないと実現困難である。現在のEPA規定による看護師候補者受け入れの条件はそれぞれの本国における「看護師資格と実務経験2年(フィリピンの場合は3年)」であるが、2~3年の実務を経験すれば「日本の試験を受けるために今さら日本語の勉強を始める気にならない」というのが普通ではないか(特に英語力のあるフィリピン人看護師は世界で引っ張りだこであり、苦労して日本の試験を受けようとする者は稀であろう)。私としては、看護師候補者は日本に来てからも病院で就労・研修するのであるから「本国での実務経験は1年」でも良いのではないかと思う。鉄は熱いうちに打たねばならない。
 介護福祉士については、今月から技能実習制度の下での受け入れが可能になっているので、EPAの枠外で来日する者が増えるであろう。勿論、本国での実務経験や日本語習得などの受け入れ条件はあるが、国家試験合格というハードルがない分、人数的な増加が見込めるように思う。
 さて、私が個人的に関心を寄せるベトナムの場合であるが、看護師については2014年度(受験可能初年)から合格者を出しており、3年目の今春は37名が受験して15名が合格している(合格率40.5%)。この合格率はインドネシア人の9.6%、フィリピン人の15.1%に比べ格段に高い。介護福祉士については入国してから最低3年間の就労・研修(特定活動)が必要なので、1期生(117名)が国家試験に挑戦するのは来春になる。1人でも多く合格して欲しいと思うが、日本における介護福祉士需要の巨大さを思えば、EPAの制度は所詮「焼け石に水」と言わざるを得ない