「脅威」を見抜く3つの要素
―国際情勢の変化を知らずして国家戦略立たず―

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会長・政治評論家 屋山太郎

ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領になる可能性が浮上して、世界中が騒然としてきたように見える。トランプ氏は「日・独・韓が米国の負担で安全を確保しているのは許せない」と断固として言う。彼が現実に大統領に選ばれたら中国を巡って東アジア一帯は恐怖状態になるのではないか。
 国防問題というのは相手の装備や政治政策の変化に従って常に不変的なものである。安倍晋三首相が言っているのは、「攻められても負けない装備が必要で、それには憲法改正まで遡って検討するのは当然だ」と言うことだ。第二次大戦はイギリスのチェンバレン首相がドイツのヒトラー総統の領土的野心を低く見て「ドイツは攻撃してこない」と読み誤って始まったのである。瀬島龍三元伊藤忠商事副会長(元大本営参謀)は第三次中東戦争を「1週間で終わる」と予言して世界を驚かせた。「なぜそんなにピタリと当たったのか」という私の質問に対して、瀬島氏は「どの国が脅威かを判断するのは3点しかない。①は相手の軍事力(装備) ②は過去の歴史 ③は相手の意図。以上のうち意図はわからないから、常に①と②を凝視しておくべきだ。以上の観点からアラブ側の戦力とイスラエル側の戦力を比較すると自然に結論が出る」。
 以上の瀬島式鑑定法に従えば中国が③をも露骨にむき出している以上、どう見ても非常事態だろう。中国は尖閣諸島を超えて第1列島線と称する海域を突破することを明言している。なお米国に対して「太平洋を二分しよう」と公然と持ちかけているのである。
 野党がいう「戦争法廃止」は折角こぎつけた集団的自衛権の行使をも潰そうという暴論である。本来なら憲法9条の改正によって、中国の侵略を抑止する力を持つべきだと主張するのが国際常識だ。トランプ氏は日・独・韓への戦費を削って、現状が壊れていいとは言っていない。各国が独立を確保するためには自前でやれと言っているのである。
 トランプ発言が国際情勢に火を点けたのは、アメリカ人の心情の底に「世界の警察官を続ける義務はない」との想いが、静かに沈殿していたのではないか。現実政治を知る政治家が、共和党も含めて大反対に廻っているのは、民心に疎かった証拠ではないか。
 国際情勢というのは一国の軍事情勢、ある国の政治情勢によって変わり得る。その変化を感知して自国の軍事情勢に反映していかなければ、軍事力が国防の抑止力にならない。「公正と信義に信頼して」初めから軍事力を持たない方が良いという“宗教”はあらかた消滅した。70年の世界情勢を見れば「憲法前文」などは茶番である。
 にも拘らず今度は「安保法制は違憲」であると主張する小林節慶応大学名誉教授らが「立憲政治を取り戻す国民運動委員会」(民間立憲臨調)を設立し、参院選に乗り出すという。ギリシャの哲学者ソクラテスは「法は法である」と毒を仰いで死んだが、庶民は賢人とは違うのである。