日本は韓国・北朝鮮に関し冷酷なる羅針盤をもって歩め

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筑波大学教授 古田博司

隣人に嫉妬と憎悪を向ける国家
 人は、自分の研究対象の国や民族がどんどんダメになっていく過程を冷酷に記述する研究者を見て、どのように思うのだろうか。それも10年前、否15年前から既に分かっていたことであり、そのプロットに沿って堕落し、衰退していく。
 日本では2003年頃から韓国ドラマ『冬のソナタ』の放送から韓流ブームが起こる。朝鮮半島で口を糊する学者やジャーナリストがそれを歓び迎える中、私は『東アジア「反日」トライアングル』(文春新書、2005年)を書いていた。鼻血が止まらなくなり、3度目に5日間入院し、鼻腔にバルーンを入れて止めた。
 2012年、韓国の李明博前大統領が8月10 日、日本国島根県竹島に不法上陸したのに続き、14日には、こちらが訪韓を依頼したわけでもないのに、「独立運動家への心からの謝罪」が天皇陛下の訪韓の条件だと言い、「痛惜の念という言葉だけ」ならば来なくてよいと、天皇陛下と日本国民の心を踏みにじる暴言を吐いた。私は産経新聞社の『正論』誌(10月号)に「韓国が滅ぶまで私は彼の地を踏まない」と寄稿し、呪いの言葉を書きとめた。以来5 年間韓国に渡ったことがない。
 2014年には、朴槿恵大統領の離間策(イガンジル)外交を見て、事ここに至れりと、『WiLL』誌(2 月号)に「助けず、教えず、関わらず」の「否韓三原則」を提唱し、後にネット読者の意見を入れ、「非韓三原則」に改めた。ある組織が外に対して理不尽な憎悪を露わにしたり、外の組織の人を非合理に弾圧したりするときは、必ずその組織が滅びるときだという、直観に似たものが私にはあって、「否むべきものは、非ざるべきもの」と、以後書き改めたのだった。
 翌15年12月28日、日韓外相会談で慰安婦問題の日韓合意が結ばれ、問題は最終かつ不可逆的に解決された。日本は韓国の「癒やし財団」に10 億円拠出することを約束し、16年8月31日に履行した。にも拘わらず、韓国は伝統の「遷延策」(引き延ばし策、セウォル号の引き揚げの件も同様の策)をとり、のみならず釜山にある日本総領事館前への慰安婦像設置を黙認したため、17年2月7日、日本は韓国に対抗し、(1)長嶺安政・駐韓日本大使と森本康敬・在釜山日本総領事の一時帰国(2) 日韓通貨交換(SWAP)の取り決め協議の中断(3)日韓ハイレベル経済協議の延期(4)在釜山総領事館職員による釜山市関連行事への参加見合わせを実施した。