英国のEU離脱と欧州統合の課題

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顧問・元ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

<はじめに>
 英国がヨーロッパ経済共同体(EEC)に加盟したのは1973年で、私がブリュッセルにある日本政府の代表部に着任する3年前のことであった。当時は在ベルギー日本大使館とEEC代表部は今のように分かれてはおらず、同一公館がベルギーとEECを兼務していた。英国は、1960年代、二度に亘ってEEC加盟を打診したが、英連邦下の特恵関税制度が障害となり、また英国を米国の手先と見るフランスのドゴール大統領が頑なにこれを拒否し続けた。もともと大陸ヨーロッパには大英帝国として長く世界に君臨した英国は「ヨーロッパ」の一部ではないと考える思潮が根強くある。私自身、当時、代表部に勤務して欧州統合のプロセスを日々観察する中でも、加盟後3年が過ぎた英国はどこか「お客様」風であり、事ごとに異質な存在との印象を受けた。それから40年近くの歳月が過ぎて、私は駐ベルギー大使として再びブリュッセルに勤務することになったが、EECはその後、欧州共同体(EC)を経て欧州連合(EU)へと大きく変貌を遂げて来たにも拘わらず、EUの中での英国の立ち位置には相変わらずの異質感が付きまとっていた。ユーロ圏に入らず、人の移動を自由化したシェンゲン協定に加わらない英国は、寧ろEU内の「異分子」で、欧州統合プロセスにブレーキをかける外交姿勢はEUの原加盟国の人々、特に第二次世界大戦後に統一欧州の実現に重要な役割を演じたベルギーの人々にとっては嫌悪の対象にすらなっているように見受けられた。
 1958 年のローマ条約で誕生したEECは二度に亘る世界大戦を経験した西欧の人々にとっては「不戦の誓い」を具現する共同体であり、英国はその出生の秘密を共有しない「部外者」である。私が接触したベルギーの外交官は時にそうした感情を露わにして、英国を非難した。「それほど欧州統合に反対ならいっそのこと出て行ってほしい」と率直に語る知識人も少なくなかった。2016年6月、英国における国民投票においてEU離脱が賛成多数を占め、その思いが現実味を帯びている現在、大陸ヨーロッパの人々は何を考え、どう対処しようとしているのか。私は、この8月にブリュッセルとパリを再訪し、旧友たちと「欧州の将来」を語り合った。本稿は、その「現地レポート」であり、また、40年を超える外交官生活を通してヨーロッパを観察し続けて来た私の「個人的随想」である。