中国の南シナ海人工島造成と 日本の安全保障

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政策提言委員・元海自自衛艦隊司令官(元海将) 香田洋二

はじめに
 去る7 月12 日、オランダのハーグに所在する国際常設仲裁裁判所(仲裁裁判所)は「九段線に代表される、南シナ海のほぼ全域に自国の主権や管轄権が及ぶとする中国の主張」に反対する2013 年1 月に行われたフィリピン政府の提訴に対する裁定を下した。その柱は中国の主張する九段線内海域の各種権利について「中国が同海域や資源を排他的に独占・支配してきた証拠はなく、同海域における歴史的権利を主張するに足りる法的根拠はない」と明確に判断した点にある。同時に、裁定はこの間の南シナ海における中国の海洋活動や領有権争いの対象である岩礁や環礁に対しても、ほぼ中国の立場を全否定するものとなった。
 この様な内容の裁定が下されることは事前に予測されていたため、中国は裁定発出以前から、「同裁判所の審理自体が米国の影響を受けており、裁定の正当性自体に疑問」、「そもそも同裁判所の裁定には拘束力が不在」、「二国間交渉により平和的解決を図る中国の立場を無視した比の一方的な提訴そのものが中国にとって受け入れ難い行動であり、当然その結果も同様」、「いかなる裁定結果であろうとも中国はそれに不服従」等、本仲裁裁定自体の違法性も含めた各種のキャンペーンを張ってきたが、本裁定の発出を受け、改めて「本裁定は法律の衣をまとった茶番劇」(王毅外相)、更には「紙屑」(劉振民外務次官)とまで言い切り、本裁定内容を強く否定するとともに受け入れを拒否した。更に、2016 年9 月4、5 日に開催されたG20 杭州サミットにおいても、この会議は経済会議であるとして中国は南シナ海問題の本格議題化及び討議そのものを回避・封印すべく、あらゆる予防線を張るとともに参加国間の事前根回しを行った。
 ここで、現下の南シナ海問題が顕在化した昨年(2015 年)初頭まで立ち返り経緯を俯瞰すると、まず昨年5 月21 日、CNN 放送は南シナ海上空を監視飛行中の米海軍 P-8 哨戒機に同乗して中国によるサンゴ礁(環礁)埋め立ての様子を取材・放映し、それまで東シナ海尖閣諸島をめぐる日中対峙の陰に隠れていた感のある南沙諸島での中国による環礁埋め立てと人工島造成(以下「人工島造成」)の現状に全世界の目を引き付けた。9 日後のシャングリラ会議では米国防長官による人工島造成の即時中止要求と人民解放軍参謀副総長の頑強な反論の応酬が行われ、米中の立場の違いと対立が鮮明になった。