3月11日の大地震ならびに大津波でお亡くなりになった方々のご冥福を
お祈りするとともに、被災者の方々に心からの御見舞いを申し上げ、
一日も早い復興をお祈り申し上げます。

原子力時代の宿命…核・放射能(線)脅威との共存

 福島原発災害に想う

  

評議員・元陸自調査学校長

清水 濶

 はじめに
 1895年レントゲン、ベクレルによるX線の発見に続いてキュリー夫妻によってラジウムが発見され放射能(線)の研究が始まった。爾来理化学、医学分野での人類への貢献が目覚しかったが、1939年以降原子核によるエネルギー利用の可能性が高まり特に米、英、仏、ソ、独、日で軍事利用の開発が積極的に行われた。日本では仁科芳雄博士、長岡半太郎博士が中心となり陸海軍夫々開発を行ったが濃縮ウランの製造に至らず断念している。
 一方米国では1942年に原子爆弾計画(マンハッタン計画)が開始され、同年12月ウラン核分裂連鎖反応の制御に成功して原子兵器が世界に先駆けて登場した。19458月6日広島、同9 日長崎に原子爆弾が投下された事実は日本人にとって忘れ得ない忌まわしい記憶である。原爆の悲劇を最後に第2 次世界大戦は終焉するが、1946 年、 47 年、 48 年とソ連、英国、フランスの順に研究用原子炉が臨界量に達し、ソ連 (当時) は1949年 8 月、最初の核爆発を行い核兵器を保有する。因みに日本の理化学研究所、大阪帝国大学、京都帝国大学に設置されたサイクロトンは米駐留軍によって破壊され、1947年1 月連合国極東委員会は日本の原子力研究を禁止した。日本が本格的に原子力開発に着手したのは 1952 年4 月28 日講和条約発効による独立回復後である。米英両国はすでに原子力発電開発に着手し、1953 年12 月アイゼンハウアー米国大統領は「原子力の平和利用」について国連総会で提案し、これを契機に原子力開発を願望する各国は平和利用の名の下に技術協力を得て原子力の研究開発を進展させる。
 原子力の利用が人類に与えた恩恵は大きい。特に近年地球温暖化問題が國際社会の緊急課題として取り上げられCO2の削減が叫ばれる時、クリ−ンエネルギーの尖鋒として原子力エネルギーは脚光を浴びている。しかしながら原子力平和利用の負の側面、即ち放出する放射性物質や廃棄物のもたらす放射線被害の深刻さ故に、事ある毎に原子力利用に対する批判は厳しい。
 核兵器に至ってはその威力の強大さ故の、その非道性を認めつつも一度これを手にしたものは手放さず、相手の核に対する抑止力として核保有に依存することとなり、核無き世界を説いてノーベル平和賞を授与されたオバマ米国大統領も“自分たちの生きている間には到来し得ない”と述懐していると伝えられる。現在廃棄待ちの核兵器を含んで世界にはなお2万発余の核兵器が存在している。即ち、“原子力の平和利用”であっても、“核兵器の軍事利用”であっても、我々は原子力の負の側面と共存しているのが現実である。

 原子力エネルギーの負の側面  ―原子力発電所事故
 原子力平和利用が脚光を浴びる中で原子力発電所(以下:原発)事故は少なくない。最近では1979年3月28日の米スリーマイル原発における冷却材喪失、炉心溶融(メルトダウン)事故(TMI)と1986年4月26日の旧ソ連(現ロシア)チェルノブイリ原発における暴走事故が國際社会の注目の的となった。米国はTMI事故の後、同国の原子力発電計画を凍結した。チェルノブイリ原発事故被害は、周辺地域の広範囲に及び、原子炉は石棺で固め封印している。今なお原発から半径30キロメートル以内北東350キロメートルはホット・スポットと呼ばれ、100ヶ所にわたる高濃度汚染地域は農業、畜産業が禁止され無人の廃墟となっている。
 東北、北部関東太平洋沿岸を襲った未曾有の地震・津波災害「東日本大震災」は死者15,179名、行方不明8,803名(2011年5月22日・警視庁:産経新聞23日付)に及ぶ痛ましい犠牲者を生み地域の生活・産業機能を破壊した。
 特に世界の耳目を集めているのは地震・津波による福島原発破壊とこれに伴う放射能汚染の影響である。日本政府は放射能汚染被害を当初の「レベル5」を世界最大と云われるチェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」に引き上げ、世界の警戒心を高めた。正に原子力時代の負の測面を如実に物語っている。
 事故の原因は前2者が人為的事故であるのに対し、福島原発の場合は未曾有の天災によるものであった。事故の内容はTMIに類似していると見られ、地震と津波により外部電源、非常用電源が失われ、原子炉や燃料貯蔵プールの冷却機能が喪失したため燃料が損傷し、水素爆発で原子炉建屋が壊れ大量の放射性物質が放出されている。東京電力は4月17日福島原発事故の収束に向けた工程表を発表したが1号機(注:2,3号機にもその可能性がある) で全炉心溶融が判明したため当初計画した冠水作業を主軸とする方針を断念して汚染水対策の強化を重視する方向に工程表を見直している。安定的冷温停止状態にするまでの期間6〜9ヶ月との予測は変更されていない。

 懸念される国内外の風評被害
 福島原発の被害状況は世界の注目するところであり、これに伴い風評被害も海外に拡散して、放射能被害は日本全土に及び、地震津波被害で「日本沈没」の噂まで喧伝されるほどであった。このため日本からの輸出商品はすべて放射能汚染を前提として警戒され、日本料理店を対象とする食料品のみならず自動車等工業製品までも厳重な放射能汚染検査の対象とされている程である。このような背景の中で、原発反対の声は国内外を問わず高まりをみせており、菅首相は5月6日夜の緊急記者会見において中部電力浜岡原発の全ての原子炉停止を要請し、5月9日中部電力は原子炉の全面停止を決定している。引き続き5月10日菅首相は、“平成 42 年度までに原子力発電の割合を50 パーセントとする昨年度策定された「原子力基本計画」を白紙に戻す考えを示し、「再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱等)」を中心とするする議論の展開を示唆したと伝えられ、原子力発電の先行きが注目されている。
しかしながら、地球温暖化対策として注目されている原子力発電を太陽光発電、地熱発電あるいはバイオエネルギー等の再生可能エネルギーに転換することが現実的であるか、議論の余地があろう。
 スリーマイル原発事故の後、原子力発電を封じた米国も封印を解き原子力発電に方向転換を図っており、ロシアは原子力を石油、天然ガスに次ぐエネルギーの柱と位置付け2025 年まで国内に25基、国外に30〜45基の原発の新設を計画、今後 5 年間で27基前後の原発増設を予定している。中国は福島原発災害直後“原発計画に変更はない”と宣言したが、温家宝首相は安全確保を強調し原発安全計画策定までは新規の原発建設計画を禁止するなど、福島原発事故を意識した発言を行なっている。
 しかしながら、本年4 月14日中国海南省において開催された新興5ヶ国(BRICS)首脳会議において、「原子力はBRICS として継続して重要な地位を占める」などの「三亜宣言」を採択している。ベトナム、インドネシアに見られるように東南アジア諸国も石油依存からの脱却を図る国が出始めている。
 電力供給の約 30 パーセントを原子力発電に依存し、運転中の原子力発電所55基、計画中を含め69基を数える世界第3の原発国であるわが国の「再生可能エネルギー」の現状は、2008年の総発電量に占める割合が水力発電を除いて、バイオマス(生物資源)発電を加えても3パーセントに過ぎない(23 年 5月15日:産経新聞)。このような現実から「再生可能エネルギー」がわが国の需要を完全に満たすまでの間、原子力エネルギー依存の状態を続ける必要があろう。

 核兵器の存在と実効性無き核軍縮 ―核兵器の現況
 核兵器の現状は、米国科学者連盟(FAS)2009年10月2日「世界の核戦力の現状」は米国5,200発、(2010年5月米国政府は 5,113発と発表)、破棄解体待ちを含み 9,400発、露 13,000発(解体待ちを含む)、仏約 300発、中国約240発、英国約185発、イスラエル約80発、パキスタン約60発、インド約 60 発(2011年ワシントンポスト電子版はパキスタン100発以上、インド60〜100発としてパキスタンがインドを上回ると報道)、及び北朝鮮約10発と観測している。ストックホルム國際平和研究所(SIPRI)年鑑 2009年版は、配備中の核兵器として、米2,700発、露4,834発、英100発、仏300発、中186発、インド、パキスタン60〜70発、総計8,392発と推定している。
 以上世界には破棄解体待ちを含め2万発余の核兵器が存在しており、米露の戦略核1,550発への削減が行なわれても2,100発の戦略核兵器が米露間に存在しその他の核保有国の計約1,000発がこれに加わる。なお米露間の削減達成は7年間の猶予がある。
 さらにフランス、中国、印、パ、北朝鮮、イスラエルは核を安全保障の要としており、ロシアも核抑止力への依存度は高い。NPTはじめ核軍縮・軍備管理の取り決め(国際レジーム)は形骸化が目立っており、非核保有国として自国の安全保障を全うするために現実的対処を議論する時であろう。

 核軍縮の動き
 2010 年3月8 日調印された「米露新核軍縮条約」の戦略核兵器の数については前項「核兵器の現況で述べた通りであり、これに引き続いて 2010 年 4 月、47 カ国の首脳をワシントンに集めた「核安全サミット」について米国は、“核テロの防止”、“核物質管理の徹底”、“高濃縮ウラン使用の最小化”等の合意声明を採択し核無き世界への第1歩と自賛している。5月3日から28日に開催されたNPT運用検討会議では核兵器保有国と非保有国、特に非同盟諸国との不平等に起因する対立感と相互不信の中で一応最終文書は採択されたが、核兵器保有国の具体的核兵器削減の期限も定めるに至らず、極めて重要論点を避けた妥協的な内容となり、上記のいずれの国際的取り決めからも核軍縮の実効性は見えて来ない。

 おわりに
 原子力 エネルギー の利用は、非常に有用な利器であるとともに非常に危険な側面を持つ両刃の剣に喩えられよう。勿論これに代わる手段が容易に得られるなら敢えて人類を危険に曝す必要は無く諸手を挙げて賛成したい。しかしながら前条で述べたように平和利用の分野において原子力を他のエネルギーに代替するとしてもかなりの年月を要すると思われ、それまでの間最悪の事態を想定した安全施策を一層確実にしながら危険と共存する必要があろう。
 一方軍事面においては当分の間核兵器と共存の時代は続き、むしろ核兵器保有国がさらに増える可能性があろう。このような核脅威下にあってより現実的な実効性ある防衛戦略、特に「核」の存在を直視した方策を定め防衛態勢の強化に反映させることが緊急の課題である。
 悪夢は目が覚めれば消えるであろうが、現実は目を閉じ、耳を塞いでも消え去ることはない。

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