書評:田母神俊雄著『安倍晋三論』 


特別研究員 関根 大助
 
 
 航空自衛隊幕僚長にまで上り詰めたものの、自身の「歴史観」を公表したことによって職を解かれた田母神俊雄氏が、「安倍晋三論」を本の内容の中心に据えながらも、わが国に蠢いている様々な問題に対する見解を述べたのがこの本である。
  筆者と安倍総理との関係は「公式にお会いしたことや食事を共にしたことはあるが、一緒にゴルフをやるような親しい仲ではない」というものであり、そんな距離感から政治家としての安倍晋三と彼が推進する政策を取り上げたとしている。著者が得意とするジョークと毒舌を交えながら、講演をしているかのように諸問題を次から次へと軽妙なタッチで斬っていく。クラスター爆弾廃棄のような安全保障上の問題から、情報戦の一種としての韓流ドラマブーム、アベノミクスやTPPといった経済・金融政策など、この本の内容は多岐に渡る。
  著者は、自民党の政治家の多くを評価していない。彼から見れば日本の政治家のほとんどが東京裁判史観に染まっており、「親中派」や「イメージだけ保守派」の「アメリカ派」が多く、保守政党と言われる自民党にも「日本派」の政治家が少ない。
  また、「アメリカは自国の国益にしか関心はない」とし、アメリカに対する甘い期待を持つことの危険性を主張する。近年の保守勢力の傾向として、日本特有の奇形左翼や反日勢力との対決だけでなく、同盟国としてのアメリカを重視しながらも同時に強い警戒感を抱く人々が、「親米保守」といわれる人々の外交思想やバランス感覚を論詰するというものがある。
  東京裁判史観に疑問を投げかけて職を解かれたという経緯が象徴しているように、著者はそういった論客の代表的な人物だといえよう。これは著者に「戦後レジームからの脱却」という思いがあるからこそであり、当然のことながら安倍総理と共通するものである。そのようなことが根底で繋がっているという信頼感によって、著者は安倍総理を高く評価し支持している。だからこそ安倍総理の政権運営について、無闇に保守色の強い政策や言動を煽り立てるのではなく、長期的・総合的に見て結果を出せばよいという自身のスタンスを強調している。
 一方で、軍事を疎かにしたり中韓に阿ったりするような「左巻き」といわれる歴代総理を容赦なく斬って捨てていく。そのなかには保守政治家と巷では目されてきた中曽根康弘元総理も含まれる。また、安倍総理の「盟友」と呼ばれている麻生太郎副総理も手加減のない非難の対象である。国民的に人気は高いが親米色の濃い小泉純一郎元総理のような政治家に対しての採点も、実に辛い。著者の価値観で政治家を判断すれば、現自民党幹事長である石破茂氏は、靖国参拝に否定的な姿勢がゆえに、総理候補としては論外ということになる。
  政治家・安倍晋三を高く評価することがこの本の表の顔かも知れないが、同時に自由民主党を厳しく咎め立てているというのが裏の顔であり本質である。だからこそ著者にとっては「自民党政権、それも安倍政権でなければダメ」なのである。安倍総理が長期政権を築いたとして、その後を継ぐ政治家たちを、著者田母神氏が「甲乙つけがたい」と評する日が、果たして来るのかどうか。今、そのことへの期待は難しい。


 

   
         
    著 者: 田母神俊雄 
  出版社: 株式会社ワニブックス
  発行日: 2013年9月4日
   定 価: 本体1,400円+税
  
    
 
 

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