書評:長島昭久著『「活米」という流儀―外交・安全保障のリアリズム―』

特別研究員 関根 大助
  
 外交・安全保障の重要性を理解している人々から常に注目を集めているのが衆議院議員長島昭久氏の言動であり、近年その傾向は強くなる一方である。そんな長島氏が上梓した本書の目的は「日本の外交・安全保障を語り尽くすこと」だという。
 タイトルにもあるが、この本のキーワードは「リアリズム」である。著者は日本の教育機関では学ぶことが難しいリアリズムに関する学術的な内容にまで言及している。自らをリアリストと呼び、戦後の日本社会では長らくタブーとして扱われてきた地政学を当然のこととして論じている。このようなことは戦後の日本の政治家としては稀有であろう。
 著者は慶應義塾で一貫して学んだことによって「福澤精神」を叩き込まれ、慶應義塾中興の祖である小泉信三の「平和論」に大きな影響を受け、そんな経験を背景に米国で様々な経験をしたことによって、リアリズムと自身の相性の良さに気づいたのだろうと自己分析している。冒頭でいわゆる「尖閣国有化問題」をめぐる著者の実体験について語られているが、そこで問題解決のためには「一時的な感情や思考停止の空想論に陥ることなく、彼我の国力の変化と国際環境の変動を現実的視点でとらえる「リアリズム」の思考が重要である」と述べている。
 民主党政権時代の著者の体験談としては、尖閣諸島を国が買い上げる問題において、朝日新聞に「国有化」とスクープされたことによるダメージ、東京都や中国そして米国との駆け引きなどに関するエピソードが読みごたえがある。また、鳩山政権下での米政府との交渉における苦しみが吐露されている一方で、麻生、安倍の二人の首相が構想した地政学的外交・安全保障戦略を自分の考え方とほぼ一致していると述べていることが興味深い。そして野田総理の尖閣問題を含めた国家戦略全般を高く評価している。
 本書では地政学を下敷きにして、中国の海洋進出、米中関係、日本の対中戦略について具体的に論じられている。そのなかで日本が海洋国家であることを強調し、「海に守られる日本から、海を守る日本へ」という言葉を引用している。事実、人類は過去の陸の分捕り合いによる争いの歴史から、海洋空間をめぐる争いの時代へと移行しつつある。そんな時代において、純粋な力の信奉者たる日本の周辺国のことを考えれば、リアリズムを学ぼうとすることは当然の帰結だと言える。
 そこで、古代から言われているリアリストの外交戦略として「遠交近攻」があるが、日本の対中戦略として著者は「近攻」ではなく「近衡」、つまり「遠交近衡」戦略を提唱している。「衡」は「抑止」「諫止」のための「均衡(バランシング)」の意味であり、攻撃的な中国の戦略文化や現在の国際情勢を考慮すれば「遠交近衡」は現実的な戦略であると合点がいく。
 著者は「力の均衡(バランシング)」は居心地が悪いが、時としてそういった息苦しい緊張状態を耐え抜かなければならないと説く。現代の日本人に最も必要なものは、極端な平和主義や軍国・排外主義に安易になびくのではなく、そのような中途半端な状況にも耐えうる精神的な強さではないだろうか。
 本書はリアリズムと現在の安全保障問題を理解するための書としてうってつけである。曇りなき冷静な視点から世界の局勢を見定める著者のような政治家が一人でも多く輩出されるべきであり、それはまた我々日本国民一人一人の判断にかかっていることをゆめ忘れてはならない。



   


         
    著 者:長島 昭久 
  出版社: 講談社
  発行日:2013年10月22日
    定  価: 本体1700円+税
  
     
 

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