書評:宮崎正弘著『取り戻せ!日本の正気』

特別研究員 関根 大助
 
 アベノミクスはそれ自体が本格的に始まる前から効果を見せ、安倍政権始動後に伸び続けた株価を根拠に、「日本復活」の論調が海外でもちらほらと見られるようになった。株価、給料、成長率、税金、為替・・・巷間、日々変化する数字の話題で持ち切りである。
 確かに現代の国家にとってあらゆる戦略空間におけるパワーは、結局経済力に帰するものだ。しかし、それよりもより根源的な国力となるものは何か?それはすべての人々が持つ「気」のあり方である。
 タイトルからも察せられるように評論家宮崎正弘氏の新著は「熱い」本である。日本が本当に取り戻す必要があるものは、データや統計で認識できるものではない、より精神的、形而上的な何かなのだ。それは「正気」であると著者は訴える。この本で述べられている「正気」は「しょうき」ではなく「せいき」と呼ぶ。「正気」は「邪気」の対語になる。日本は長い歴史において、世が乱れた際に「正気」が復活してまともな精神が政治を導くと著者は主張する。
 身を挺して皇統を守ったが、戦後の日本人に忘れ去られた存在である和気清麻呂、遣唐使を停止した菅原道真、中国の『孫子』だけでなく大江匡房の兵法書『闘戦経』を学びその教えを実践した楠木正成、陽明学の言行一致を体現して見せた大塩平八郎、幕末の志士たち、大戦期の日本軍人、三島由紀夫をはじめとした戦後の文化人から、日本で正気を吸収した中国人まで、現代の日本人が知らない逸話や人物が多く紹介されている。 
 著者はそんな人々と関係する歴史的な舞台に足を運び、思いを馳せ、そこで撮影した写真を紹介し、読者にわかりやすく説明している。
 個人の利害や損得なぞはそもそも念頭にはなく、国のため大義のために身を投げ打つ、その「正気」は烈しく美しい。一方で現代の日本人について、著者は「『生命以上の価値』という崇高な精神作用を認めず物質文明に酔う」と嘆く。
 しかし、唯物的な考えに染まった人間からは無駄なものと映るやも知れぬ気高いロマンシズムこそが人を人たらしめるものではないのか。一見痛ましいとも思える自己犠牲によってこそ咲かせることができる人の花、その根となり土壌となるものが「正気」なのではないか。広い知識を持ち理論派で知られる著者が主張するからこそ、この本のテーマに重みが出る。
 国難に際しては何物も顧みない狂気に近い正気を携えた人格が望まれることになる。どれほどの日本の指導者がこの気位を持ち合わせているのか。著者は安倍晋三のカンバックを奇跡と呼び、その正気に強く期待している。安倍総理はこの国を長く守ってきた歴史の理にはまる一片となりえるのか。それはもちろん我々との共同作業である。
 この本にも正気が充満しているかのようである。今冬は寒さが厳しくなるようだが、心に熱いものを灯したい人々に本書の一読をお薦めする。



   
         
    著 者: 宮崎 正弘 
  出版社: 並木書房
  発行日: 2013年11月25日 発行
   定 価: 本体1500円+税
  
    
 
 

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