書評:澁谷司著『人が死滅する中国汚染大陸:超複合汚染の恐怖』

特別研究員 関根 大助
  
sekine とにかく、終始衝撃的なエピソードが紹介され、容赦のない言葉が並ぶ。本書の内容は、拓殖大学教授である澁谷司氏の前著『中国高官が祖国を捨てる日』に引き続き、中国の将来にたいして徹底的に悲観的である。本書は大きく二つのパートに分かれており、中国の環境汚染問題、そして中国人の国民性・民族性に関する問題について扱っている。
 まず、中国の大気汚染の原因の一つに、石油閥の人間が自分たちの利権のために、費用がかからない精製の悪い石油を流通させているという問題があるのは驚きである。PM2.5は肺疾患、肺ガンを引き起こすが、8歳の中国人少女が肺ガンになった例もあるという。北京からの遷都が検討されているという噂が流れるのは無理もない。
 中国では水不足や水質汚染も深刻であり、砂漠化が進み、ダムはゴミ捨て場になり、メコン川上流の中国での川の汚染は、下流の東南アジア諸国に大きな悪影響を及ぼすことになる。あるデータによると中国の地下水の90%、河川、湖沼の75%が汚染されている。中国企業が日本の水源地を手に入れようと画策していることが近年話題に上るようになったが、こういった中国国内の状況を考えれば当然とも言えるし、日本も看過できない。
 大気と水が汚染されている中国では、当然その大地も汚染からは逃れることはできない。工業廃水による灌漑で耕地は汚染され、大気汚染による酸性雨で土壌汚染がもたらされる。さらに中国では農地面積にたいして明らかに過剰な化学肥料や農薬を使用し土壌を汚染する。そこで育った野菜を食べれば甚大な健康被害があることは言うまでもない。
 中国産の食料品について日本人の関心は高いが、本書で取り上げられている工場廃液や下水を精製してつくる食用油、人の毛髪からつくる醤油、薬品によって脂身を少なくした豚肉のエピソードなどは開いた口がふさがらない。
 環境汚染を規制すると経済成長が鈍ってしまう。しかし経済成長が続かなければ、中国の社会不安は増大する。このジレンマ、刹那的な方法によって明るい未来が待っているとはとても思えない。環境汚染に関する詳しいデータや数値、エピソードについては、是非本書を手に取って確認していただきたい。

 後半のパートは、何故中国は「近代化」できないか、がテーマであり、中国人の民族性について詳しく説明されている。
 中国人は、血縁、故郷の縁、同業者仲間、友人関係を重要視し、そこでのルールを守らなくては厳しい制裁が加えられる。彼らにとってはそちらの方が法律よりも重要である。なぜなら、国家は自分を守ってくれないが、そういった共同体は自分を守ってくれるからである。よってそんなウチなる共同体と関係のない人間には無関心である。当然ながらそうした共同体=派閥間の争いが激しくなる。こうした人間関係が中国では「法治」ではなく必ず「人治」となるメカニズムだという。
 また中国の歴史における「易姓革命」、王朝の移行期で起こる人口の激減には唖然とする。中国の人口が億に届かない時代から、毎回毎回数千万人が犠牲になるのだ。そんな歴史が民族性に与えた影響は計り知れないであろう。
 評者が特に注目したのは民族の魂とも言うべき、言語・言葉の問題である。中国語は一つの単語(漢字)が多くの品詞となる言語であり、原則的に単語が変化しない。名詞・形容詞・動詞の間に明確な違いが存在しない。時制もはっきりしない。一文ごとに解釈がいくつにも分かれる可能性がある。そして中国人は面子を何よりも重んじ、「中国人の言葉は(信用できないので)何の意味もない」という言葉が紹介されている。
 評者の専門は「戦略研究」であるが、約2500年前に書かれた孫子の『兵法』の戦略思想の中核と言われている「不戦屈敵」は、当時流行した儒教的な主張を取り入れた建前としての主張であるという説がある。また『兵法』は、ただでさえ古典の中国語で書かれていることに加え、その言語上の曖昧さゆえに異なる解釈が歴史の中で多く存在することが専門家によって指摘されている。本書の内容はそんな孫子にたいする指摘と合致している。
 われわれ日本人は隣国の中国人を知っているようでまだまだ知らないことばかりだが、この本を読めば中国に関する問題や疑問に何かしらヒントや答えを与えてくれるだろう。環境問題、食品問題、そして安全保障問題・・・ごく普通の日本国民ももはや中国からの影響は不可避である。幅広い層にとって必読の書と言える。




   
         
  著 者:澁谷 司
  出版社: 株式会社経済界
  発行日: 2014年8月7日 発行
   定 価: 800円(税別)
  
    
 

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