書評:布施哲著『米軍と人民解放軍:米国防総省の対中戦略』

特別研究員 関根 大助
  
sekine タイトルだけではやや分かりづらいが、本書の主な内容は、「2030年に、台湾海峡危機と南シナ海危機に端を発して、米国と中国の間で勃発した武力衝突」という想定の下での戦争シミュレーションである。
 著者はテレビ朝日の記者であり、その肩書きを聞いて意外に思う人もいるかも知れない。しかし本書の内容は自衛隊関係者も唸るほど充実しており、彼らの間で広く話題となっている。それもそのはず、著者はマスコミ関係者であるが、防衛大学校で修士号をとり、米国防総省と密接なシンクタンクである戦略・予算評価センター(CSBA)で、客員フェローをしていたという経歴の持ち主である。
 著者の見解では、経済的な相互依存関係にある以上、米中が通常全面戦争を行うことは「非現実的」である。そして戦争シミュレーションには当然のことながら限界があるということだ。また日本は「米中関係の従属変数に過ぎない」と言い切っている。しかしいずれにせよ、著者が述べているようにこういった「頭の体操」は欠かせないものである。
 本書の内容は、中国の米国観、米国のグローバル・コモンズに対する拘り、北東アジアの地政学的な考察、中国の情勢、中国のA2/AD戦略、人民解放軍海軍の実力、米軍の作戦コンセプトなどを非常に丁寧に説明している。そして最後の第4章で米中戦争のシミュレーションが書かれている。
 このシミュレーションは、米国の著名なシンクタンクのレポートや論文およびシミュレーション、現役・退役の米軍人や自衛官との聞き取り調査を基に書かれており、東アジアの軍事安全保障を知るだけでなく、現代の戦争を知るという意味でもうってつけである。描写に臨場感があり、シミュレーションとはいえ日本の動向に胃が痛くなるような感覚を覚える。
 この本を読めば、リアリズムに基づく米中関係と現代の戦争のことがよく理解できる。そして日本についてだが、わが国と自衛隊の立場が悲観的に書かれており、改めて、米国と中国が起こす波間でたゆたう不安定な日本の存在を情けなく感じる。




    
  著 者: 布施 哲
  談社現代新書
  発行日: 2014年8月19日
  定 価: 880円(税別)

  
 

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