理事・政治評論家
 屋山太郎



  

「官僚支配の政治から脱却せよ」

 座敷で乱暴狼藉を働いていたような民主党政治だった。しかし鳩山内閣の終焉、小沢一郎元代表の秘書有罪でトロイカ体制は事実上、終わった。野田佳彦氏は用心深く、時を稼いで座敷を片づけ、酔っ払いを落ち着かせている。
 震災の復興予算を組み、国民に増税をお願いしているわけだが、財源がなければ復旧復興はできない。取り敢えず11.2兆円の第3次補正は成立させざるを得ないが、民主党は肝心要の公約を改めて想起して貰いたい。
 そもそも国民が民主党を圧勝させたのは、天下り法人4600に象徴される行政の無駄を根絶してくれると思ったからだ。明治に始まる官僚内閣制は官僚が政治も行政も司るという形だった。その官僚が明治22年になって憲法を定めて国会を開設した。いま憲法で「国会は国権の最高機関」(41条)と定められているが、当時の官僚が国会議員に官僚を凌駕する大きな権限を渡すわけがない。しかし形は「議院内閣制」である。議会が決めたような格好を作らなければならない。
 明治の元勲が生存していた頃は憲法解釈や議院内閣制についてもあまり問題は起きなかったといわれる。大正14年に中選挙区制に切り替わってから、議会は官僚の思うがままに動かされるようになる。
 中選挙区制という制度は1区で定員3人を基本とし、人口によって4人、5人時に2人区もある。この制度は必然的に多党制となる。政府が法案提出権を持つから、組んだ予算は議会で多数決で可決して貰わなければならない。その際、一党が過半数を持つことは難しいから、連立してくれる小党を官僚が選び利権を与えるなどして賛成に廻ってもらう。
 官僚が予算を組んで与党を選ぶという作業は、実は今でも続いている。官僚が表に出ないが、実は官僚の筋書き通りに決まっている。野田財務省内閣と云われる所以だ。
 1955年に保守合同が行われたが、実態は5派閥の集合体だ。同一選挙区に同一政党から複数立候補するから凄まじい金権選挙が始まったのである。公明党は自らが存続したいために1区3人制を提案しているが、とんでもないことだ。そもそも中選挙区制をとっていた国は日本だけで、それを採用した動機は官僚が政党を操縦し易かったからだ。
 第3次補正予算を見る限り、財務省が作ったことは歴然としている。官僚や官僚機構が身を削る部分が全くない。よくぞこんな恥知らずな案を審議してくれと出すものかと思う。その責めは財務官僚が負わずに野田佳彦氏が負う。
 民主党が公約した国家公務員の給与2割削減はどうなったのか。高級官僚だけでなく、民主党支持母体の連合も反対しているようだが、国家が窮地に立っている時に公務員が身を削る覚悟がなくてどうする。
 日本の再生には規制改革が必要だと経済界の首脳は口を揃えている。規制があるから同業者の業界団体ができる。そこの事務局長や専務理事に官僚が天下る。建設業界などはあうんの呼吸で談合が成立する。日本の官僚はまず規制を作って法人に天下る。次に業界団体を作ってその業界を牛耳る。必然的に談合がはびこる。この談合は国際的な広がりを見せ、米・EUなど摘発され、会社が潰れるほどの罰金、課徴金を取られている。日本の恥晒しだ。
 日本のこの特異な体質を直すには大本の規制を廃止し、官の利権を剥がすことしかない。
                 
                                                                                                                                     (10月5日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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