将来を見据えたエネルギー政策のビジョンを急げ

理事・政治評論家  屋山太郎 
 

 首相官邸の周囲で金曜日ごとに反原発のデモが行われている。主催者発表だと17万人、警察発表だと1万7000人だそうである。かつて日米安保条約批准の際、岸首相は「デモも多いが、後楽園球場も一杯だよ」と平然として言ったものである。筆者がローマに特派員として駐在していた60年代、イタリアの首相はのちに赤い旅団の政治テロによって殺されたアルド・モロ首相だった。モロ首相は国会で「あなたのやっていることは民意に反する」と攻撃されて、昂然とこう答えた。
 「民意に従うだけなら、DOXA(世論調査会社)が政治をやればいい。私は政治家だから将来を見てものを言っているのだ」と。
 政府はエネルギー政策についての国民世論を調査するため、各地で聴取会を開いて回っている。
 2030年までの原発比率目標を@ゼロA15%B20〜25%に分けて、各比率にどのくらいの人達が賛成したかを調べているのだが、福島原発事故の恐怖冷めやらぬ今、原発について素人の人達の意見を聞いて何か意味があるのか。
 科学技術の進歩は日進月歩である。福島原発のGE製の1号機は予備電源を地下に装置するなど人災の気がある。のちに東芝が女川原発(東北電力)を作ったが、堤防を18メートルにして難を防いでいる。今後のエネルギー政策は政治家がエネルギー関連の学者、専門家の意見を集大成した土台の上で、将来を見据えて立てるべきものだろう。勿論、何故にそういう政策になるのかを政治家は国民に説かなければならない。これまで原子力政策については“原子力ムラ”という特殊なムラだけで語られてきた。津波による原発事故が起こったのちに行われた政府内の会議で、一切の議事録が残されなかったという。政治家の危機管理能力の無さに驚愕する。素人の国民に「目標は何%が良いか」などと聞く発想は民主主義でも何でもない。政治家の無知を曝け出し、この先どうすれば良いかを考える構想力もないことを証明したようなものだ。
 朝日新聞はどうやら原発問題を軍事力の非核化に直結させて、「核のない世界」を構想しているようだ。しかし第2次世界大戦後に起こった戦争はすべて核兵器の無い所で起こっているのが現実だ。
 東西冷戦で米ソの核開発競争は激化した。ソ連は全西欧を射程に置いた中距離ミサイル・SS20を340基も配備した。これに対して米国は巡航ミサイルとパーシングUをイギリス、オランダ、デンマーク、イタリアに約1000基配備した。SS20の破壊力は強いが巡航ミサイルとパーシングUは超低空飛行を可能とするため、迎撃は不可能。加えてレーガン大統領がソ連の全戦略ミサイルを無力化するSDI構想を打ち出した。たまらなくなったゴルバチョフ大統領は85年、米ソの戦略ミサイルの50%削減と中距離ミサイルの全廃で手を打った。戦争は核の均衡によって抑止されているのが現実なのだ。

                                                                                                                                           (8月8日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
 Ø 掲載年別  
2014年の『論壇』

2013年の『論壇』

2012年の『論壇』

2011年の『論壇』
 

ホームへ戻る