「新型大国関係」は中国の片思い
―がっぷり四つの米ソ冷戦時代とは異質―

 
理事・政治評論家  屋山太郎 
 
 日本と中国、韓国との諍いが頻発する一方、EUの結成で安定したかに見えたヨーロッパもフランスやドイツで過剰な民族主義が噴き出してきている。こうした各地の紛争は国際情勢が変りつつある函数のようなものだ。この動きを軍事力で押え込んできたのが東西の冷戦時代だった。当時、防衛庁長官(現防衛相)だった坂田道太氏は「横綱が土俵真ん中でがっぷり四つに組んだ状態」と表現した。その心は「力を抜いて休んでいるわけではない。実は死力を尽くして不動なのだ」と説明した。この平和を「憲法9条のお告げ」と思い込んでいた日本人は多い。
 「四つに組んだ状態」から抜け出したのは西側で、ゴルバチョフ氏が「参った」のは米国が西欧一帯に備え付けたパーシングIIだ。これは中距離核弾道弾で、その威力はソ連のSS20の効力をはるかに上回った。パーシングは地形に沿って飛ぶ核ロケットで、先制攻撃されたらソ連側は気付かないうちに全滅する。アメリカはイラク戦争で核抜きで使った巡航ミサイルトマホークで、イラク空軍基地を開戦の日に全滅させた。
 冷戦終結後、一方的勝者となったアメリカは世界の警察官となったが、イラク・アフガン戦争で疲れ、国民の間には厭戦気分も漂った。この間に中国やインドが台頭し、プーチン氏に率いられたロシアの再生によって、アメリカの一極支配体制はしぼみつつある。
 中国経済は2010年にGDP規模で日本を追い抜き、世界第2の経済大国となった。2030年には米国さえ追い抜く勢いだ。中国の軍事費も増大し続け、すでに国際社会に政治的・経済的影響力を拡大している。この傾向は当面、衰える可能性は低い。
 米国の軍事力はかつては世界で3つの戦争を闘えたが、欧州、中東から引き揚げて今は1つの戦争しかできないと言われる。
 この結果、アジア太平洋地域におけるパワーバランスは経済的には日米中の3極。政治・外交的には米中の2極、軍事的には米中露の3極で構成されていくだろう。日本は冷戦期の残像を描いて、日米で組んでロシア、中国を押えようとの発想が強い。しかし米国は頼りにならない日本と組むより、直接、中国と付き合う「新型大国関係」を模索している。日中が靖国問題で角突合せた際「失望した」という談話が国務省と駐日大使館から発表された。日中の争いで、戦争に巻き込まれる恐れを感じたのだろう。かと言って米国には、中国と太平洋を半分ずつ分けるわけにはいかない。海洋国として太平洋の権益は断固守るはずだ。
 こう見ると日米関係はより強固でなければならないと考えるはずだが、オバマ政権にはその固い戦略が見られない。米国は米韓相互防衛条約、台湾関係法、米比相互防衛条約、太平洋安全保障条約(ANZAS)条約を結んでいる。米国が中国の南シナ海での振る舞いをどこまで黙認するか。米国が土俵上で中国と「四つに組んでいる」とは見えない。
(平成26年5月28日付静岡新聞『論壇』より転載)

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