米海軍艦艇の南シナ海での活動のねらい
政策提言委員・元航空幕僚長  外薗健一朗

 各種報道によれば、10月27日、米海軍はイージス艦ラッセンを南沙(スプラトリー)諸島で中国が埋め立てて施設を造成している7つの人工島のうちスビ礁から12海里の海域の中を航行させた。これに対して中国外務省は「強烈な不満」を表明し、「米艦船を追跡した」と発表し、中国国防省は、同日の談話で「海軍のミサイル駆逐艦と巡視船が米艦艇に警告した」と明らかにした。
 なぜ米国海軍は現時点になってこのような対応をとったのか。10月20日に行われた日本戦略研究フォーラム主催のシンポジウムで、ジム・アワー米バンダービルト大学教授は、「カーター国防長官もハリー・ハリス太平洋軍司令官も、早期に海軍艦艇による行動をとらせて、中国に警告を与えるべきという意見であったが、ホワイトハウスからのゴーサインがなかなか出ず、今に至っている」と述べている。
 国連海洋法では、無害通航権という規定がある。領海はその沿岸国の主権が及ぶが、あらゆる国の船舶は、沿岸国の平和・秩序・安全を害さずに通航するとともに、継続的かつ迅速に航行を行えば領海を通航することができるという規定である。この規定を踏まえれば、国連海洋法上領土と認められないスビ礁はもちろんのこと、中国が領土と主張している他の島嶼から12海里の海域を通過しても違法ではない。今回米国がスビ礁を選択したのは、国際法上領土と認められない島嶼であれば、公海上の通航と同じであるので、他の島嶼よりも中国の反応をエスカレートさせる危険性が少ないと判断したのであろう。米国は、2013年12月、南シナ海の公海上で航行中のイージス艦カウペンスが中国海軍の艦艇から停船を要求され、航行を妨害された経験がある。この例でもお分かりの通り、中国海軍は他国の海軍と異なり、国際法を逸脱した過剰反応をする恐れがある。先ずは、中国が明確に自国の領土だと主張できる島嶼を避けて軽くジャブを放ったと思われる。
 ただ、今回のラッセンの行動は、中国に軍事施設造成の行動を継続することに対して警告を与えるという効果は期待できるものの、中国の南シナ海領有化の動きを停止させる効果は期待できない。米国が狙いとする最終目標は、どこにあるのであろうか。中国に南シナ海領有化への動きを停止し、近隣諸国と領土に関する話し合いをさせることなのか、中国の領有化を前提として、中国の領土となった南シナ海における海上及び上空の航行の自由を国際条約に基づいた形で確保できるようにすることであろうか。中国は、1992年には九段線内を自国領土と定め、2012年には三沙市を設置している。このような中国の傍若無人な所業を中止させるには、米国の軍事力の行使を含めた毅然たる対応が不可欠である。しかしながら、今年の9月中旬にハワイとワシントンを訪問した際に米軍関係者の覚悟を質したが、戦争をしてはならないという発言のみが返ってきた。南シナ海全体が中国の領土となった暁に、如何なる問題が生じ、それに対して如何なる対応が必要となるかを吟味したうえで、今何をなすべきかを考えることが必要であろう。



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