米「航行の自由作戦」は日本の国益になる
研究員・学習院大学非常勤講師  長尾 賢

 2015年10月27日、米海軍イージス艦「ラッセン」が、南シナ海で中国が建設している人工島から12カイリの範囲を航行した。南シナ海の約90%の権利を主張し、その根拠とするために7つの島を建設している中国に対して、人工の島では領有権の根拠にはならないことを示そうとした行動である。
 この行動は日本の安全保障を考える上で意義深い行動といえる。なぜなら、活動をエスカレートさせつつあった中国に対して、一定の警告になるとみられるからだ。
 中国が南シナ海で活動を活発化させてきた背景には、南シナ海が中国にとって安全保障上の重要地域だからである。そして昨今、米軍の数的な減少、中国軍の急速な近代化によって地域のミリタリーバランスが変わり始めていることがある。ただ、特に昨今、第2期バラク・オバマ政権の外交政策が、中国の行動を助長させてきた側面もある。
 第2期オバマ政権の外交政策の特徴の一つは、アメリカの政権が歴代行ってきた「比例的な報復(proportional response)」をしないことである。「比例的な報復」とは、一発殴られた時は一発だけ殴り返す、という意味で、「倍返し」や「全面報復」はせず、より抑えられた形で、きめ細かく報復することである。過去の事例では、「比例的な報復」ではなく「全面報復」して、相手を徹底的にやっつけてしまう事例も少なくないが、現在では、「比例的な報復」が採用される場合が多い。今年だけ見ても事例には事欠かない。例えば今年10月のトルコによるロシアのものとみられる無人偵察機(ロシアは自国のものとは認めていない)撃墜事件もその一例だ。トルコ領空に領空侵犯を繰り返すロシア機に対し、警告を与える意味で、人的被害が出ない無人機を選んだ点で抑えられた対応ながら報復した。8月に起きたインドによる対パ越境砲撃もその事例だ。パキスタンからの越境砲撃に対して、限定的な越境砲撃で応じた。こうした「比例的な報復」は、紛争が過度にエスカレーションを起こすことを抑えつつ、相手の行動に代価を払わせようとする一石二鳥を狙う外交術として採用されるものである。
 ところが、第2期のオバマ政権は、この「比例性ある報復」すら、採用できずにきた。オバマ政権発足当初、中国は米海軍艦艇のインペッカブル号をとり囲んで妨害し、米海軍の哨戒機に戦闘機を異常接近させたりもした。これに対してアメリカは抗議するだけで、何らかの目立つ対応をしていない。中東ではシリアのアサド政権が化学兵器を使用した場合、軍事介入すると警告していたが、実際にアサド政権が化学兵器を使用しても、アメリカは軍事介入しなかった。ロシアがウクライナからクリミアを分離させ併合した時に非難はしたが、十分な軍事的措置をとらなかった。結局そのような対応は、紛争がウクライナ東部に拡大することにつながった。ISへの対応も、空爆に限定したもので始まり、成果が上がらずISは存続した。IS対策では、最近はロシアの空爆に主導権をとられつつあるようにみえる。つまりオバマ政権は、相手の行動に対してきめ細かに「比例的な報復」すらしない政権であった。
 だから、中国の行動はエスカレートしてきたのである。南シナ海での人工島の建設は、7か所で、同時に、しかも3000m級を含む3つの滑走路を建設するという大規模かつ大胆なものだ。アメリカからやめるよう警告を受け始めても、建設をやめる気配はない。それどころか、中国国家主席の訪米を控えた9月には、ちょうどオバマ大統領がアラスカを訪問しているときに、中国艦艇5隻がアラスカ周辺のアメリカの領海内を航行した。この行動は国際法違反ではないが、挑発的である。もしアメリカが「比例的な報復」する可能性を考えていたならば、中国はこのような行動をとらなかったはずだ。
 だから今回、アメリカが南シナ海で中国の人工島建設に対して、その正当性に疑問を突き付ける形の行動をしたことは、オバマ政権の安全保障政策の転換ととらえることができる。以後中国は、アメリカが「比例的な報復」をする可能性を念頭において、政策の採否を決めるようになるだろう。
 ただ問題は、オバマ政権の態度が長期的に続くかどうかだ。すでに中国が建設している人工島の工事はかなり進んでいる。ほどなくして使用し始めるだろう。使用し始めれば、接近してくる米海軍艦艇や航空機に対して、より多くの嫌がらせを実施するかもしれない。そのような事態に直面して、もしオバマ政権が「航行の自由作戦」を控えるようであれば、中国の行動は再びエスカレートし始めるだろう。
 中国が軍事的な活動をエスカレートさせることは、日本にとって危機に直面することを意味している。そうならないよう、できるだけ抑止力を高めておきたい。そのためには、アメリカの「航行の自由作戦」が継続される必要がある。日本は、フィリピンやベトナム、その他の東南アジア各国、オーストラリア、インドなどとも連携し、アメリカが「航行の自由作戦」を含む作戦を継続できるよう、支援していくべきである。

(参考資料)
「非対称戦における報復のルール」『政治学論集』第17号、学習院大学大学院政治学研究科(2004年)P51〜P106
(http://glim-re.glim.gakushuin.ac.jp/bitstream/10959/99/1/daigakuinseiji_17_51_105.pdf )



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