南シナ海における米海軍の「航行の自由作戦」に思う
政策提言委員・元空自航空教育集団司令官  小野田 治

 米海軍は日本時間27日、中国が領有権を主張する南シナ海スプラトリー(南沙)諸島のスビ礁から12カイリ内に第7艦隊所属のイージス艦を航行させるとともに対潜哨戒機を同空域に飛行させた。スビ礁は満潮時に海面下に沈む低潮高地を中国が人工島化したものである。国連海洋法条約はスビ礁のように人が住めない岩や人工的に建設したものを島とは認めていないが、中国は12カイリの領海を伴う島であると主張している。米国は、同礁は島ではなく12カイリの領海を伴わないとして12カイリ内が中国の主権に属することを否定しており、国際法に基づいて航行の自由を主張してきた。アシュトン・カーター米国防長官は、南シナ海で人工島を建設している中国、フィリピン、ベトナムに対して建設を中止するよう求めるとともに、米国が同海域において航行の自由を確保するために行動することを言明していた。9月に行われた米中首脳会談では習主席は人工島建設が軍事目的でないと言明し、建設を中止すべきとする米国と真っ向から対立したと伝えられている。同艦はフィリピンとベトナムが領有権を主張する岩礁の12カイリ内も航行したと伝えられており、中国とともに人工島を建設している両国に対しても明示的に国際法の遵守を行動で示したと言えるだろう。これに対して中国は米国に強く抗議し、何らかの対応を取ることを仄めかしている。
 そもそも中国は南シナ海に「9段線」と呼ばれる線を引いて当該海域を歴史的に中国に帰属する「中国の海」だと主張し、同海域内に所在するあらゆる島の領有権を主張してきた。国際法上、沿岸国の権益が定義されているのは領海、接続水域、内水、排他的経済水域であるが、中国は「中国の海」がそのいずれに該当するのか明らかにしていない。筆者は先週末に北京で行われた第11回東京北京フォーラムに出席した際にこの点について中国側参加者の何人かに尋ねたが、明確な回答は得られなかった。中国内の国際法の専門家が9段線内の海域に関する国際法上の定義を検討しており、まもなく明らかにされるのではないかという声も聞かれたが真偽は不明である。
 また、同フォーラムにおいて、中国高官が次のように語った。
 「スプラトリー(南沙)諸島は領有権を主張する関係国が協議を行い、現状を維持すること、武力を用いないことで合意していたにもかかわらず、フィリピンとベトナムが先に人工島建設を行って合意を反故にした。中国が人工島建設を始めると大きな非難が巻き起こり、中立の立場だったASEANが立場を変え、米国や日本まで中国を非難し始めた。米国は他国の建設に比して規模が大きすぎることが問題だというが、中国は大国なのだから規模が大きくなるのは当然なのだ。」
 軍事科学院の陸軍少将は、「中国は南シナ海における権益防衛のためにプレゼンスを高める必要があるのだ」と語った。
 米国の行動は国際法に基づいたものであるが、行動が国際的に大きくクローズアップされたこともあって、中国国内の世論が沸騰するとともに中国政府の反発は大きなものになることが予想される。米国は、当該行動を継続するとしており、中国側は海域におけるパトロール活動を活発化し、米艦船や航空機を追尾し警告を繰り返すことになるだろう。米中は衝突防止のための通信要領や行動規範、訓練演習の相互通報などを協定しているが、両軍艦艇や航空機の衝突の危険性が高まることは必至である。中国が海域及びその上空におけるパトロールを強化するためには人工島の活用が不可欠となることから、中国は人工島の諸施設の建設を急ぐとともに軍事基地化を進めるかもしれない。そもそも中国の言う「軍事化」とは何を意味するのか不明であり、レーダーなどの監視施設、通信施設、空港施設や居住施設などは民用にも軍用にもなることから、一旦これら施設を建設してしまえば、軍が進出するのは容易と考えられる。米国はこうした「航行の自由」作戦を行いつつ、政府間で様々な交渉を行うと考えられる。ハリス太平洋軍司令官は11月初めに米中交流を話し合うために訪中すると伝えられているが、その席で本件が話し合われるのは間違いない。米国の目的はこれ以上の人工島建設とその軍事利用を中止させ、南シナ海における航行の自由を確保することであるが、中国が米海軍の12カイリ内航行を口実に人工島建設を推進すれば米国にそれを止める効果的な手段はないのではないか。中国海空軍の軍事的な能力からみて、米海軍と対峙し小さな衝突は許容するとしても米海軍との衝突をエスカレーションさせることは望んでいないだろう。中国は今後も決定的な衝突を避けながら、ゆっくりと現状を変えていく戦略であると思われ、これを止めることは極めて困難である。数年後には国産空母2隻が南シナ海に姿を現すことになるのは確実であり、先ほどの陸軍少将が言う「プレゼンス」が高まることは避け得ない。中国が人工島を建設する主要な狙いは、海南島を母基地とする戦略原子力潜水艦の南シナ海における行動の自由を確保するために同海域及びその上空における軍事的優勢を確保することであると思われる。
 我が国はどうすべきだろうか。米軍の行動を支持することは当然であるが、米軍から南シナ海での共同パトロールを求められたらどうすべきか。折しも安全保障法制の成立を受けて米政府が日本に期待を寄せるのは当然である。インドの友人は、メールで「米国の行動を称賛する。日米印が共同でインド洋から南シナ海にかけてのパトロールを行うことを提案する。」と言ってきた。しかしながら、海上自衛隊がアデン湾に艦艇及び航空機を派遣している現状で、能力面で定常的に南シナ海のパトロールに艦艇や哨戒機を派遣できるのか疑問であり、可能なのは同海域における共同演習などに参加するタイミングで限定的に参加する態様ではなかろうか。そうだとしてもインドはともかく、日米共同パトロールは我が国の海上交通路の保護という観点からも重要な意義を持つと考える。その結果として、改善の兆しが見えてきた日中関係は再び冷却化するかもしれない。そして東シナ海における公船の活動が再び活発化するかもしれないし、中国海軍艦艇や航空機の活動が先鋭化することも考えられる。先ほどのフォーラムにおいて中国側から「日本の報道や識者から日米の共同パトロールの実施について言及があるがそれは中国を挑発する行為であり反対する。」との発言があった。日本政府はそのようなことを考えていないし発言してもいないと答えたが、彼らはそのような日本の世論が中国の世論を喚起し、中国政府が世論を無視できなくなるのだと言い、日本政府は国内世論をはっきりと否定すべきだと言っていた。近く日米韓首脳会談が予定されているが、その中でこの問題について話し合うのはもちろん、各レベルの対話の機会に中国側に日本の考え方と対処方針について伝えていく必要がある。中国側は人工島の領海12カイリと無害通航権を主張するであろうが、日本は国際法である国連海洋法条約の正しい解釈運用を求めて行動していくべきである。同時にルールを明確化する観点から、同法の加盟諸国に対して解釈運用の問題を積極的に取り上げていくべきであると考える。さらに米国政府及び議会に対して国連海洋法条約の批准を急がねばならないことを主張すべきである。米国には条約加盟国として同条約の国際ルールを具体的に強化していく役割を果たすよう期待したい。
(2015.10.28)



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