政策提言委員・元海自潜水艦隊司令官  矢野一樹

 米国政府は、今月27日、「航行の自由作戦」として第7艦隊所属のイージス艦「ラッセン」(横須賀基地配備)を派出、中国が7つの人工島を建設中のスプラトリー諸島の内、スビ礁及びミスチーフ礁の12海里内を航行させたことを確認した。
 米国は過去幾度と無く人工島には領海、領空は発生しないという国際法、適法な見解を示し、中国の自制をうながしてきたが、今回の措置は中国の国際法無視、力による現状変更の態度に対し、米国の忍耐が限界に近づきつつあることを明示したものと言える。世界最強の海軍を有する米国にとって「海洋の自由な使用」は譲れない国益、国際法原則であり、国際法を無視し、海洋権益を過度に主張する中国の態度に危機感を覚えたものと言える。そもそも、本行動については、5ヶ月前から、その実施を表明していたものであり、今回の実施までに期間を要したことは9月の米中首脳会談への影響を考慮したものと考える。今回、本行動が実施されたことは、首脳会談においても米中のこの問題に対する溝が埋められず、対外政策に過度に慎重なオバマ政権においても、言葉以上の警告が必要との判断を示さざるを得なかったと言えよう。
 本行動の詳細については未だ不明な点が多く、確固としたことは言えないが、領海には領空と異なり無害通航という概念があり、ある一地点から一地点への航行に必要であれば領海を通過することは許される。軍艦については、事前に許可が必要と主張する国家もあるが、原則、単なる航海であれば、通報は不要である。今回の「ラッセン」の行動は、相手に領海が存在しないことが前提となっており、当然、無害通航と見なされない行動をとることに重点が置かれたものと推測され、12海里内での漂泊、各種訓練行動等を実施したものと考える。また、無害通航の概念のない領空に対応して航空機を伴った行動を実施した可能性もあるものと推定する。本行動に対しては、中国の水上艦艇が監視に従事していたと報道されており、これら一連の行動に対して中国艦艇が、どのように警告し、対応したか興味のあるところである。
 本行動に対して、中国政府は「中国の許可を得ずして中国領海に不法に侵入したことに対し、強い不満と断固たる反対を表明する」との談話を発表、あたかも既に中国の領海が存在、設定されているかのような印象を世界に与えるしたたかさを示している。言うまでも無く南シナ海は環太平洋地域と中東、アフリカ地域を結ぶ重要な海上交通路上に位置し、日本のみならず中国にとっても、その輸入原油の80%以上が、この海域を通過していると共に、海底資源も豊富である。また、中国海軍にとっては、軍港を出港して短時間で深深度海域に進出できる唯一の海域であり、周辺諸国の脆弱な海軍力に鑑みれば戦略原子力潜水艦の展開に必須の海域と言える。同海域を核心的利益と位置づけることは頷けるものの、その進出過程は強国の空白時を狙った侵略ととれる一連の行為であり、中国の主張に理解を示す関係国は皆無である。
 米国は本行動の実施前から南シナ海におけるプレゼンスの回復に努力しており、周辺国に対する海上防衛力の強化にコミットする姿勢を鮮明にしてきた。現状における米軍の戦力は中国人民解放軍を圧倒しており、この米国の行動に関して中国の対抗措置は、言葉での応酬、既存工事の続行等、極めて限定されている。対抗措置の一つとして人工島の上空を守るための防空識別圏の設定も予想されるが、これとても無視されればそれまでである。純軍事的に考えれば、中国が幾ら人工島を埋め立て強化しようが、本土から遠く離れた、これらの基地を防衛することは容易ではなく、有事になれば、その制圧は比較的容易であろうことは想像がつく。しかしながら、平時においては、誠に目障りな厄介な存在であり、存在する限りは半永久的に、その法的・戦略的意義についての問題が付きまとうことになる。今回の行動が一過性のものではなく、その時々の対中関係の良否に係らず、手を変え品を変え根負けしない継続的な努力を講じてゆくことが重要である。




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