平成27年11月3日

3年半ぶりの日中韓首脳会議と日韓首脳会談
−とりあえずの所感−

一般社団法人日本戦略研究フォーラム会長  平林 博

 11月1日ソウルにおいて、3年半ぶりに日中韓首脳会議が行われた。
 同日と翌日に日中首脳会談と日韓首脳会談が行われたが、注目すべきは後者である。大統領就任直後から安倍内閣の歴史認識を厳しく問い続け、特に慰安婦問題に固執して日韓首脳会談開催を拒否してきた朴槿恵大統領が、初めて折れたからだ。
 安倍首相と李克強首相との日中会談は、厳密にはトップ会談とは言えないが、そもそも日中韓首脳会議はかつて胡錦濤国家主席ではなく温家宝首相が参加して始まったものなので、この点は仕方がないかもしれない。安倍首相は、すでに昨年11月に北京でのAPEC首脳会議の際および本年4月のバンドンAA会議60周年記念の際の2回、習近平国家主席とは会談しているし、東アジア首脳会議などで本年中に会うチャンスは少なくない。

1.朴大統領はなぜ日本に折れたか
 朴大統領が折れたのは、第1に、自らの度を越した反日姿勢が日本人の対韓感情を大きく悪化させ、韓国への日本人観光客や投資の減少を招き、韓国経済に悪影響を及ぼし始めたからだ。
 第2に、そのような姿勢がバックファイアーして自らに火の粉が降ってきたからだ。韓国国民が不安感を持ち始め、反日傾向の強い韓国マスコミですら、朴大統領の硬直した姿勢を批判し首脳会談の必要性を唱え始めたからだ。
 第3としてこれらの国内的要因以上に重要なことは、安倍政権の内外における強さが揺るがないことが証明されたからだ。安倍首相は反対も強かった安保法制の制定に成功し、無競争で自民党総裁に再任され、訪米においては大歓迎をされ、戦後70年談話は内外で大方評価された。安倍政権が安定した国民的支持を受け続け、強固な政治基盤の上に乗っているので、朴大統領としても相手をしないわけにはいかなくなったのだ。
 日本の世論も、韓国の反日言動に比例して益々韓国に対し厳しくなり、嫌韓感情は巷にあふれていると言ってよい状況で、放置することは韓国にとってマイナスとなった。関係が悪化して困るのは、日本より韓国であることは自明の理だ。
 我が国は対米関係においても、安保法制の改定やTPPの大筋合意、さらには南シナ海における対中姿勢で米国と波長があっており、日米関係は極めて良好である。「地球儀を俯瞰する外交」の活発化により、日本の国際的評価はさらに高まっている。筆者が拙書『あの国以外、世界は親日!』で強調したように、国際社会は、中国、韓国それに北朝鮮以外はすべて親日なのだ。日本としては中国及び韓国の反日世論戦には厳しく当たる必要はあるが、これまでの度が過ぎた中韓の反日連合戦線は、両国のjingoismや非寛容を、米国ほか世界に印象づけることになった。
 第4に、その米国が、韓国の対中接近と反日行動に業を煮やしたことも響いた。韓国は、米韓同盟を強化するための高性能ミサイル配備などの措置に消極姿勢を貫くのみならず、朴大統領の北京での抗日70周年記念行事への出席、AIIBへの率先参加、歴史問題での対日中韓共闘の強化など、中国への傾斜を強めてきた。米国は、ついに「友好的忠告」(?)により、朴大統領に軌道修正を余儀なくさせたのだ。
 韓国政府は、安全保障は米国に頼り経済は中国に頼るという「安米経中」政策をとってきたが、韓国のおかれた地政学的立場からすれば、米中等距離外交は夢物語なのである。現在までの路線を継続すれば、韓国は中華圏の復興を目指す中国の引力圏内に引き込まれるところである。対日共闘などで韓国が中国にすり寄っても、中国は韓国を利用こそすれ、安全保障や歴史解釈(高句麗問題)などで韓国に譲歩するつもりはない。韓国世論とくに有識者やマスコミが、米中のはざまで危機感を持つにいたったのは、当然と言えば当然だ。

2.成果は実質的というより象徴的
 日中韓首脳会議も日中および日韓首脳会談も、その成果は実質的というより象徴的なものであったと言ってよい。開催それ自体に相当の意義があった。日本と中韓間のダウンスパイラル関係に歯止めがかかったのだ。しかし、諸懸案の解決については、1歩前進したものの前途は容易ではないであろう。もっとも、この1歩でも、米国をはじめ国際社会を安堵させた意義は、我が国にとっても小さくない。
 ただ、報道によれば、朴大統領が李首相を公式訪問扱いにした一方、安倍首相に対しては実務訪問として対応し昼食もオファーせず、両者の扱いに差をつけた由である。産経新聞によれば、事前の折衝において韓国側は、朴大統領の主催する昼食会の開催を交換条件にして慰安婦問題の譲歩を迫ったらしい。安倍首相は、周囲に対し、「昼食なんかで国益を削るわけにはいかない」と苦笑した由。本当だとしたら、朴大統領の器量の限界と外交の稚拙さを示した逸話といえよう。

(1)日中韓首脳会議
 これまで消極的であった中韓が、三ヵ国FTA締結に積極姿勢を見せ始めたようだ。中韓とも経済が振るわないことに加え、日米などによるTPPの大筋合意に焦りを感じたことが一因であろう。特に中国は米国抜きのRCEPを重視しているが、自由化の程度を含めスコープや深さの観点からTPPの足元にも及ばない。韓国はTPPへの参加を目指すが、TPPの大筋合意を変えることはできず、その前提で相当の代価を支払わなければならない。中国は、国有企業への特別扱い、知的所有権の軽視などを行ってきたため、全面的に経済体制やメンタリティーを変えない限り、TPPへの参加資格がないであろう。
 なお、この三ヵ国首脳会議を今後定期的に開催することが合意されたことは評価される。次回は、日本がホスト国である。

(2)日中首脳会談
  安倍・李克強会談の結果は公表されなかったところをみると、歴史認識、南シナ海問題などでかなり厳しいやり取りがあったと推測される。
 注目されるのは、長年停止されてきた東シナ海のガス田を共同開発するための協議の再開を目指すことで一致したことだろう。排他的経済水域(EEZ)について日本が主張する東シナ海の中間線近辺に位置するガス田の共同開発は、法的にも重要な意義をもつものである。
 中国の経済は、成長鈍化、格差の拡大、外資の引き上げなど困難に直面している。国内政治面でも、権力闘争や人民の不満の鬱積などマグマが溜まりつつある。東アジアにおける強硬な対外政策への批判は強まる一方である。習近平政権も、日本との関係を悪化させたままにしておくわけにはいかないのだろう。
 
(3)日韓首脳会談
 日韓首脳会談においては、朴大統領が目指した慰安婦問題の「韓国国民が納得できる水準での解決」は実らず、交渉継続となった。この「水準」たるものは、日本が慰安婦問題について国としての法的な責任を認め、それに基づく国家賠償を目指すものであるから、日本としては到底のめない。わが国は、法的には日韓基本条約で解決済みであり、道義的にもアジア女性基金の活動や歴代首相のお詫びにより責任を果たしたとの立場であり、この線は譲れない。
 安倍・朴会談では早期妥結へ向けて交渉を加速するとの最低限の合意がせいぜいであった。どのような解決がありうるか、かつて橋本内閣において直接この問題に関係した筆者ではあるが、良策は思いつかない。仮に、解決策があるとしても、日本政府は、@慰安婦問題に関する国際的な反日キャンペーンの中止(米国における慰安婦像の建設中止を含む) A「外交関係に関するウイーン条約」違反であるソウルの日本大使館前の慰安婦像の撤去 B今回の解決は最終的なものであり、韓国政府は蒸し返さないことを約束すること、などの合意を取り付ける必要がある。このような条件を、韓国政府が飲むことはかなり難しいであろう。何しろ、慰安婦問題について強硬一本やりで日本政府のみならず韓国政府も突き上げてきた挺身隊問題対策協議会(挺対協)が、あらゆる手段で阻止しようとするからだ。捕鯨に反対して非合法手段も辞さないグリーンピースと同様、挺対協も慰安婦問題が解決すると、その存在意義がなくなるからである。

 今回の三つの首脳会談の開催は、歓迎すべきことである。両国の今後の出方を注目するが、楽観は禁物である。国際場裏での中韓の反日言動は、程度の差はあれ続くものと覚悟しておかねばならない。わが国は、両国との関係改善を目指すにしても、「是は是、非は非」として対応し、両国が理不尽な攻勢に出る場合には毅然としてあたる必要がある。




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