とやま被害者支援センターに想う

元法務大臣   長勢 甚遠

 少し前に「とやま被害者支援センターだより」が送られてきて、理事長に四十物直之氏(黒部市)が就任されたことを知りました。前理事長は翠田章男氏(富山市)でしたが、ご両氏とはお付き合いをいただいており、しっかりした識見をお持ちの立派な方々で、いい人達がやってくれているなと嬉しく思いました。同センターの活動が新理事長のもとでますます発展することを期待しております。
 私自身が同センターの活動にお役に立っているわけではありませんが、法務大臣の時に犯罪被害者参加制度の創設(『甚遠のおもしろ草子』P184「被害者参加制度の成立」参照)に携わったことから、その活動には関心を持っています。皆様も「とやま被害者支援センター」にご支援をお願いします。

 犯罪被害者とは刑法犯罪により被害を受けた人(法律では殺害された人の遺族など親族も含まれます)です。
 刑法は罪刑法定主義に則り、特定の行為を行った者についての刑罰を規定しています。刑罰は裁判により決定され、裁判は裁判官、検察官、弁護士によって行われます。検察官は犯罪を立証する役割、弁護士は検察官の主張に対し被告人を弁護する役割であり、双方の主張を踏まえ裁判官が事実と証拠に基づき判決を下すこととされています。検察官は犯罪者を起訴(裁判の提起)し、犯罪を立証しますが、犯罪の捜査は主として警察官が行います。このように犯罪が起きた場合、一般には、警察官が捜査し証拠を揃えて検察官に送り(送検)、それを踏まえて検察官が起訴、求刑し、弁護士が犯罪の有無、量刑の当否について検察官と対決し(当事者主義)、裁判官が決定するという手続きとなります。
 この手続きには犯罪被害者が直接関与する場面はありませんでした。裁判では、犯罪を立証する検察官(警察官)が犯罪被害者を代弁して主張することになります。このため犯罪被害者の心情などが裁判に反映されないという問題が生じます。これが犯罪被害者問題です。
 犯罪被害者は、加害者を検察官、警察官に告発することはできますが、直接加害者の処罰を裁判所に訴え、裁判において主張することはできません。犯罪被害者の主張は検察官を通じない限り裁判で取り上げられることはありませんが、加害者の主張は裁判において弁護士を通じて行うとともに、直接行うことができることから、加害者の権利のみが主張され、犯罪被害者の気持ちが反映されずその尊厳が傷つけられ権利利益が保護されないことが起こるのではないかという問題です。検察官、警察官も犯罪被害者の事情を踏まえて犯罪の立証につとめていますが、どうしても犯罪被害者と同じ立場に立つことができないことが起こります。検察としては事実と証拠に基づき裁判官に犯罪を認めてもらうことが職務ですから、それとかかわりがないと判断する主張はしません。それは犯罪被害者にとってもどかしく残念なことに違いありません。そのため、あんなひどいことをした者がこんな軽い刑なのかという不満が残ることになります。
 さらに検察官、警察官は、被告人、弁護士の反論と対決する必要があるため、事実を詳細に取り調べることになります。そのため犯罪被害者であるにもかかわらず加害者同然の取り調べを受けるという問題も起きます。また、犯罪被害者は裁判において直接意見を述べることができないため、加害者が裁判において事実と異なることを述べても反論できないということも起きます。
 犯罪事件に巻き込まれる経験のある人は少ないわけですから、このような犯罪被害者のことは実感として解らないのが普通だと思います。犯罪にはいろんな状況がありますから具体的に理解するのは難しいと思いますが、強姦事件のことを想定すればわかりやすいと思います。
 強姦事件では、強姦か和姦かが裁判で争点となります。加害者の男性(及び弁護士)が強姦ではなく被害者の女性から誘われたことによる和姦だと主張した場合、加害者は当時者ですからその言い分には真実味があります。これに対して検察官が被害者と同じ立場で十分に反論できるかどうかといえば、困難な場合もあるに違いないと言わざるを得ません。それどころか、検察官、警察官も被害者が都合のいいことを話しているのではないかという疑問を持って被害者の事情聴取に当たることはやむを得ないことですから、被害者としては検察官が味方かどうか不振に思うことも起こるでしょう。
 私がこの問題を知ったのは、法務大臣の時でした。それまでも犯罪被害者の立場を考慮した裁判の仕組みを設けるべきとの主張が行われてきており、そのための法改正が大詰めに来ていたのです。この問題の中心となってこられた岡村勲氏ら何人かの弁護士が来られて説明を聞きました。私が感銘を受けたのは弁護士でありながら加害者の立場の擁護ではなく犯罪被害者の立場に立った運動を進めてこられたことでした。実際岡村氏らの活動は弁護士会からは白眼視されていたのです。犯罪被害者等の権利利益を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案の審議が予定されており、私は何としてもその法律案は成立させたいものと思いました。幸い法案は成立し、犯罪被害者も法廷で被告人に質問をし、意見を述べることができる「被害者参加制度」が導入されました。又、犯罪被害者が加害者から受けた損害の賠償請求に関わる民事裁判が短期間に終結できるよう「損害賠償命令制度」が導入されました。私が主導したわけではありませんが法務大臣として思い出に残る法律です。
 この法案審議の答弁は私が行いましたが、民主党、共産党、社民党は反対で、そのための質問が繰り返し行われました。おそらく弁護士会の意見を代弁するものだったと思われます。質問の主たる主張は、犯罪被害者が法廷で被告人に質問すると被告人がしゃべりにくくなる、犯罪被害者が感情むき出しに発言すると裁判官がそれに流されてしまう、ということでした。つまり加害者の人権が侵されることになるから反対ということです。ところが現実には、犯罪被害者が反論できないことをいいことに被告人、弁護士が犯罪被害者感情、事情を無視した意見(強姦事件でいえば、相手の女性は誰とでも性行為をもっているなど)を述べ、判決を有利にしようとすることはよくあったことでした。つまり、民主党、弁護士会は被告人を国の権力(検察官)から擁護することだけが大事ということであって、そのために不利益となる真実の追及には反対ということです。犯罪被害者が法廷に立つことは検察官の主張に有利になり、弁護士の弁護活動に不利になるので、反対ということです。加害者の人権を守ることこそが大事であって、犯罪被害者の人権は無視するということです。こういう主張は、法務委員会の質問ではいろんな場面で見られましたが、そのたびに私は日頃人権を主張している人達の身勝手さに怒りを覚えました。民主党は採決においては法案賛成に回りました(共産、社民は反対)が、どのような事情で賛成にまわったのかはよくわかりません。
 犯罪被害者支援の問題には、このような人権主義者との対立をはらむものであることを理解しなければなりません。また、人情を最高規範とする大岡裁判と異なり、現在の裁判は厳格な罪刑法定主義のもとで疑わしきは罰せずという理念で行われるものですから、人権派弁護士の専門的法律論を駆使した一般通念では理解しがたい主張が容認されがちであることにも注意が必要です。
 何の責任もなく突然に犯罪により、生命、身体、財産、精神に深刻な損害を受けた方、一家の大黒柱や愛する人を失った遺族、親族の怒り、悲しみ、生活への影響(将来にわたり生活設計を狂わされる)は多大、悲惨なものがあります。これに対し社会全体として精神的、経済的支援を行うことが必要です。交通遺児に対する支援活動が知られていますが、平成16年に「犯罪被害者等基本法」が制定され国も犯罪被害者の生活支援などの制度を整備してきています。
 被害者支援センターは、刑事裁判そのものに関与するものではないと思いますが、犯罪被害者の方々を元気づける活動としてさらに普及し発展していくことを期待します。そして加害者が「救う会」などマスコミで過度に取り上げられるのに対し犯罪被害者の状況が放置されていること、警察、検察で犯罪被害者が不当に扱われることがあること、など加害者の人権のみが取り上げられ、犯罪被害者が顧みられずその尊厳が傷つけられることもあるという実態に目を凝らし、社会の注意を喚起してもらいたいものです。


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