期待される日台関係の深化
―台湾総統選の総括―
理事・拓殖大学海外事情研究所准教授  丹羽 文生

 1月16日夜9時を過ぎた頃から、筆者の携帯電話のメール、LINEに民進党本部の特設会場にいる友人、知人から歓喜の様子を伝えるメッセージや動画が次々と送られてきた。この日、投開票が行われた総統選は最大野党である民進党の蔡英文主席が、与党である国民党の朱立倫主席、親民党の宋楚瑜主席を抑え勝利した。ただの勝利ではない。ダブルスコアに近い大差である。得票率は蔡氏が56.12%(689万4,744票)、朱氏が31.04%(381万3365票)、宋氏が12.84%(157万6,861票)であった。完膚なきまでに国民党を叩きのめした「歴史的大勝」と言える。
 同時に実施された立法委員選でも民進党は40議席から68議席にまで躍進した。選挙協力をした一昨年3月の「太陽花学生運動」から生まれた新党「時代力量」(5議席)と合わせれば立法院で圧倒的多数となり、政権基盤は盤石になる。
 昨年12月18日の告示直前、所用で台北に出向いた。4年に1度の総統選は、選挙好きな台湾人にとって文字通り「デモクラシーの祭り」である。そこら中に色鮮やかな幟や旗が立てられ、ビルの壁には巨大な横断幕が張られる。どこへ行っても選挙の話題で持ち切りである。だが今回は、これまでに比べ随分と静かだった。当初から蔡氏の独走状態が続いたためであろう。
 国民党敗北の原因は、馬英九政権の失政に尽きる。景気低迷や格差拡大、自らの側近によるスキャンダルが続けば、民意が敏感に拒否反応を示すのは、台湾レベルの民主社会では当たり前である。加えて、国民党は正規の手続きを経て総統候補に選んだ立法院の洪秀柱副院長の公認を途中で取り消して朱主席に挿げ替え、終盤には副総統候補である行政院労工委員会の王如玄元主任委員による軍人住宅転売疑惑という失態も重なり苦しい選挙戦を強いられた。
 何より、極端な対中傾斜に直走る馬氏の態度が、多くの台湾人の反感を招いたことは言わずもがなである。人口2300万人の台湾と人口13億の中国との間で無制限の人的、物的交流が始まれば、戦わずとも中国が台湾を併呑することになる。
 それに危機感を覚えて怒りの狼煙を上げたのが、台湾の若人たちだった。生まれた時から「自由と民主主義」を享受している彼らは馬氏以上に体感として「自由と民主主義」の意味合いを理解している。いくら札束で頬を叩いても彼らには通用しない。中台間の「海峡両岸サービス貿易協定」に反発して彼らが起こしたサンフラワームーブメントは、一昨年秋の統一地方選、そして今回の総統選と立法委員選における国民党敗北を誘発させたに違いない。
 昨年11月に突如、シンガポールで開催された中国の習近平国家主席と馬氏とのトップ会談も国民党にとっては明らかに逆効果だった。朱氏は中台関係の安定をアピールしたが、経済面における緊密化の恩恵が極少数の富裕層にしか回っていないとの批判の声が多く聞かれた。
 民進党は日本との関係強化を重視している。「親日政権」誕生で日台関係の深化も大いに期待できる。蔡氏は昨秋の来日時、安倍晋三首相の地元である山口県を訪れ、実弟で自民党の「日本・台湾 経済文化交流を促進する若手議員の会」会長を務める岸信夫元外務副大臣が付き添った。滞在中、安倍氏本人にも面会したと見られている。安倍氏以外に日本の政権中枢には台湾派が複数名いる。
 蔡氏は記者会見で、日本との間に横たわる尖閣諸島の領有権問題に触れながらも、それが日台関係の妨げになることは避け、経済、文化、安全保障での協力関係を強化していくと訴えた。日本でも岸田文雄外務大臣が「台湾総統選挙の結果について」と題する「外務大臣談話」を発し、その中で、台湾を「我が国にとって、基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり、大切な友人」とし、「政府としては、台湾との関係を非政府間の実務関係として維持していくとの立場を踏まえ、日台間の協力と交流の更なる深化を図っていく」と強調した。
 実務関係は当然にしても、特に安全保障面での連携・協力は、軍備拡張に狂奔し、東シナ海、南シナ海において凄まじい勢いで横暴な海洋進出を繰り広げる中国への牽制にもなる。今回の結果が日台間における「黄金時代」の幕開けとなることを願って止まない。



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