【特別寄稿】
統一地方選挙結果から占う台湾次期総統選挙
拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司
1.選挙結果
 2014年11月29日(土)の台湾統一地方選挙(里長等を含め1万1130人を選出)は、2016年次期総統選挙の前哨戦であった。結論を先取りすれば、今度の選挙は、国民党の“オウンゴール”とも言える。
 現在、台湾には、22県市が存在する。大きく分けると、6直轄市(全国の約70%近くの人口を占める)とその他の16県市となる。前者では、民進党(系)が5市(台北市・桃園市<12月下旬に県から市へ昇格>・台中市・台南市・高雄市)で勝利した(新北市では、民進党は惜敗)。
 後者では、民進党が9県市で勝利した。民進党候補が出馬して敗れたのは3県(苗栗県・南投県・台東県)だけである。ちなみに、民進党は4県(新竹県・花蓮県と福建省の一部である金門県・連江県)では候補者を立てなかった。
 得票率を見ると、6直轄市長選挙では、民進党が47.22%、国民党が40.16%で前者が後者を圧倒している。その他の県市長選挙でも、民進党が47.55%、国民党が40.70%と6直轄市と同様な結果だった。
 次期総統選は、県市長選と同様、実質的に、民進党と国民党が1対1形式の戦いとなるだろう。今回の県市長選結果をふまえれば、民進党候補(おそらく蔡英文主席)が絶対的に有利である。
 さて、同時に実施された6直轄市議員選挙では、民進党が得票率40.75%、国民党が同35.72%と、こちらも前者が後者を圧倒した。ただ、議席数を見ると、民進党が167議席、国民党が151議席を獲得し、後者の善戦が目立つ。
 しかし、その他の県市議員選挙では、様相が一変する。得票率では、民進党が37.08%、国民が36.86%とほとんど接近している。議席数に至っては、民進党291議席、国民党386議席と、逆に、後者が95議席も多くの議席を獲得している。公務員・軍人・教師・農会(農協)・漁会(漁協)などの国民党の組織が未だにしっかり活きている証左であろう。
 結局、22県市の議員数は、民進党が458議席(前回比+53議席)、国民党が538議席(前回比−41議席)という結果に終わった。
 ところで、国民党への大逆風の中、現職の朱立倫(国民党)が2万票余りとはいえ、游錫堃(民進党の元行政院長)を接戦で破っている(得票率では、朱が50.06%、游が48.78%)。もし朱立倫が次期総統選に国民党候補として出馬し、かつ、前回同様、(利益誘導型の)立法委員選挙と同時に総統選が行われれば、蔡英文が必ずしも“楽勝”というわけにはいかないだろう。

2.国民党の敗因
 国民党の敗因は、ひとえに馬英九総統の低支持率(正確には「満足度」)による。馬総統の支持率が10%前後では、地方選挙とはいえ、国民党が大敗するのは目に見えていた。
 経済的に、馬英九政権は、2008年の総統就任以来、中国へ過度に傾斜した。だが、近年の中国経済の成長鈍化に伴い、台湾経済も落ち込んでいる。馬総統が再選された2012年、台湾の経済成長は1%台、13年は2%台、14年(予測)は3%台にとどまっている。
 また、両岸の密接な経済交流に伴い、中国企業が台湾の不動産を買いあさるため、不動産価格が高騰している。特に、台北・台中では、一般庶民には家やマンションが高嶺の花となった。また、台湾の失業率は4%前後だが、若者(15~24歳)の失業率が10%以上にのぼる。他方、台湾でも中国と同じ「偽油」(「地溝油」と呼ばれる工場の廃液で作る食料油)が台湾で出回り、食の安全が脅かされている。
 また、政治的には、馬英九総統は「中台統一」志向を持つ。例えば、馬総統は、2014年11月10日・11日に開催された「北京APEC」首脳会議への参加に並々ならぬ意欲を示していた。
 けれども、習近平中国主席が馬総統のAPEC参加を拒否したので、馬総統の訪中は実現しなかった。習主席は党内の激しい権力闘争、あるいはAPEC直前、突然起きた不測の事態で、馬総統を北京に招く余裕がなかったのではないか。
 もし「習馬会談」が実現されていれば、両者の間で両岸の統一に向けた政治的議題(「第3次国共合作」による「中台統一」)が話し合われたに違いない。結果的に、それが延期、もしくは立ち消えになった事は、多くの台湾住民にとって朗報だったろう。彼らは「中台統一」を望まず、両岸の「現状維持」を願っているからである。

3.選挙戦
 今度の選挙戦について触れておきたい。実は、国民党党内は分裂していた。昨年来、馬英九総統と王金平立法院長の間で確執が続いている。昨秋、王金平が外遊している際、馬英九は、王金平の党籍を剥奪し、立法院長を辞めさせようとした。馬と王のしこりは根深い。これでは、党内が結束して選挙を戦うことはできないだろう。
 また、国民党は台北市長候補に関して、段階的党内予備選を行わなかった。一方、民進党は、柯文哲(台湾大学医学部教授)が同市長選への出馬を表明して以来、柯の存在を強く意識した。そして、世論調査で柯文哲が民進党候補を上回ると、最終的に、民進党は、独自候補を立てず、柯の支持にまわった。これが、台北市長選では奏功したのである。
 一方、台湾住民の間では、国民党特権階級(「太子党」)に対する不満が高まっていた。特に、台北市長候補の連勝文(連戦・国民党名誉主席の息子)、現職の新北市長・朱立倫、現職の桃園市長、吳志揚(呉伯雄・国民党名誉主席の息子)の3名に対しては風当たりが強かった。結局、連勝文と吳志揚は落選している。
 さらに、かつて台湾の多くのマスメディアは国民党に偏っていたことはよく知られている。だが、今度の選挙では、Facebook等のSNSの発達によって、選挙の公平さが増したのではないだろうか。今後、台湾では、従来の“買収選挙”から脱却するかもしれない。

4.台湾「ひまわり学生運動」と香港「雨傘革命」
 昨年、馬英九政権は、中国との間で「両岸サービス貿易協定」締結し、今年3月、立法院で批准する予定だった。ところが、「中台統一」への危機感を募らせた学生が、今年3月18日〜4月10日、立法院を占拠している。その後、未だに同協定は批准されていない。
 この「ひまわり学生運動」によって、今まで政治的アパシーだった台湾の若者達(20〜35歳は有権者の約30%で約500万人)に覚醒が起きたのではないだろうか。そして、若年層の投票率が大幅にアップしたと考えられる。また、同運動に参加した若者が、市県議員選や里長選に立候補している(ただし、ほとんどが落選)。
 一方、現在、未だに香港では「雨傘革命」が続いている。今年8月末、中国共産党は、全人代で、2017年に実施される香港行政長官の候補者を、2〜3名に絞り込もうとした。すると、(大半が「親中派」で占められる)「指名委員会」が推薦する候補者は、自然と「親中派」となるだろう。
 本来、「指名委員会」1200名の委員150人以上の推薦があれば行政長官に立候補できたはずである。その場合、北京の嫌う民主派候補が出馬する。そして、「1人1票」の新しい選挙方式では、場合によっては、「民主派」候補が行政長官に当選するかもしれない。だが、共産党は、香港を自らのコントロール下に置きたい。
 北京の公約違反に対して、香港の学生が「雨傘革命」を起こした。香港の若者には、中国共産党がコミック・アニメの「進撃の巨人」のイメージがあるのかもしれない(3重に築かれた高い壁が、人喰い巨人によって徐々に破られていく。それを主人公らがくい止め、巨人と戦うストーリー)。現在でも、中国本土からの香港への経済進出が著しい。大陸からの香港への多数の買物客や中国資本による香港不動産の買いあさり状況が香港人の目に余るのだろう。
 2047年、「一国両制」(一国家、二制度)が終了し、香港と中国が完全に一緒になる。33年後、中高年の香港人は、すでに亡くなっているかもしれない。だが、現在、20歳前後の学生は、まだ50歳前後である。「長いものに巻かれろ」ではすまされない。このように、香港では世代間で対中認識のギャップが見られる。
 かかる香港の状況は、台湾の選挙では、当然、国民党不利、民進党有利に働く。おりしも、今年9月、習近平が「一国両制」で台湾と統一と言明している。まさに、台湾住民が「今日の香港は明日の台湾」になるかもしれないと危機感を持っても不思議ではない。その危機感こそが、今回の選挙で民進党を躍進させた原動力になったのではないだろうか。



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