澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -6-
米国は習政権を揺さぶる1枚目の「対中カード」を切ったか?
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 現在、習近平国家主席(「太子党」)による「反腐敗運動」は袋小路に入った観がある。江沢民系の「上海閥」や胡錦濤系の「共青団」が、同運動に対し必至に抵抗しているからである。
 どんな「大トラ」(党・政府高官等)でも、いったん中央紀律検査委員会(トップは王岐山)によって賄賂・腐敗の検査を受けたら最後、殆ど逃げおおせるものではない。まずポストを外ずされ、次に党籍を剥奪される。その後、裁判にかけられ監獄行きとなる(因みに中国では党の規律は国の法律よりも上位と見なされている)。自殺に追い込まれる「トラ」も少なくない。

 ごく最近、驚くべきニュースが飛び込んで来た。米『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙(2015年5月27日付)によれば、米証券取引委員会(SEC)が人事採用に関する調査の一環として、JPモルガン・チェース(ニューヨークに本拠地を置く銀行持株会社)に中国政府関係者35人の召喚リストを送付したのである。その召喚状の第1番目には、何と王岐山の名前が記載されているという。米当局は王岐山をはじめ中国高官らが賄賂を使って、自分の子弟や親族・知人をJPモルガン・チェースへ入社させている事実を突き止めたのである。
 恐らく米中関係が良好な時期だったら、米民主党政権はこの事実を公表しなかったに違いない。だが周知のように、近年、中国は南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島では環礁の埋め立て工事を行い、人口島を建設している。一方、パラセル(西沙)諸島では灯台を建て、着々と実効支配を固めつつある。米国政府としても、これ以上中国の勝手な行動を座視できない。
 そこでオバマ政権は中国共産党に揺さぶりをかけようとして、警告も兼ね、1枚目の「対中カード」を切ったのだろう。もしも王岐山・中央紀律検査委員会主任が米当局に召喚され、賄賂に関して調べられることになれば、習近平政権はダメージを受け、「反腐敗運動」は推進力を失う。逆に党内の「運動反対派」は勢いづくだろう。
 以前から我々が主張しているように、「反腐敗運動」とは習近平・王岐山ら「太子党」が、党内の政敵「上海閥」や「共青団」を恣意的に打倒する政策である。だが、同運動を展開するためには習近平と王岐山は完全にクリーンでなければならなかった。自らのスネに傷がありながら、他人の腐敗・賄賂を取り調べられるはずもない。一般に「太子党」は「上海閥」と並んで「改革・開放」以降、最大の(役得)受益者と見做されている。当然、殆どの「太子党」はスネに傷を持っている。無論、習・王も例外ということはあり得ないだろう。
 今年7月、王岐山は「キツネ狩り」と称し、(米国へ巨額のカネを持って逃亡した)中国汚職高官を捕まえるため訪米する予定だった。しかし、突然王の訪米がキャンセルされたのである。多くの汚職高官はカナダ等へ再逃亡しているので、彼らの逮捕が難しい。そこで王岐山が訪米しても“手ぶら”で帰国することもあり得る。だから王訪米がキャンセルされたと思われた。
 けれども、その憶測は的外れだったかもしれない。万が一、王が訪米すれば、いきなり王が米当局に拘束されSECの取調べを受ける事態が想定される。習近平政権にとって決定的なダメージとなることは間違いない。これこそオバマ政権が切った1枚目の「対中カード」だったとも考えられよう。
 (「共青団」を率いる)胡錦濤の側近、令計劃はすでに失脚した。だが、弟の令完成は、約2700点にのぼる中国の国家機密および最高幹部らの(恐らく習近平を含む“淫らな”)「セックス・ビデオ」を持って米国へ逃走している。
 仮にオバマ政権と令完成の間で、令の身の安全と国家機密および「セックス・ビデオ」を引き換える“密約”が成立しているとしよう。この推測が正しければ、すでに米政府は中国の国家機密と党最高幹部らの「セックス・ビデオ」を入手しているはずである。
 これ以上中国が南シナ海で好き勝手をすれば、米政府は2枚目、3枚目の「対中カード」を切る可能性を排除できない。更に東シナ海・南シナ海等で緩急ある時、米政府は「セックス・ビデオ」をネットで世界中に流すという「切り札」で習近平政権を脅せばよい。
 今後、米中関係は米国側が繰り出す「対中カード」によって、どのような変化が生じるのかが注目されよう。



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