澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -10-
「仮面資本主義」の正体を現した中国
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 中国がついに「仮面資本主義」(ティエリー・ウォルトン)の正体を世界にさらした。
 今年6月中旬、上海総合指数が5000ポイントの大台に乗せた。株価は景気の先行指標である。だが、最近、北京の発表するどの数字を見ても、実態経済が悪化していた(例:貿易額・エネルギー消費量・消費者物価など)。
 昨秋、上海総合指数は2000ポイントから段々と上昇し、今年6月12日の最高値(5166ポイント)をつけた。中国共産党が「党の舌」である宣伝機関を使って、これから株は上がると個人投資家を煽ったからだろう。
 他方、共産党は「信用取引」を容認した。そのため、個人投資家は自己資金以上のカネを株に投資できるようになったのである。株価が暴落すると、全資産を失うばかりか、負の資産を抱え込むようになる。
 習近平政権は、@業績の悪い企業を救うため株高へ誘導したかったし、A経済の悪化による社会不安の増大をくい止めたかったに違いない。
 しかし、今月7月には株価は一時3500ポイントを割り込み、最高値から3割以上も下落した。今頃になって日本や世界のマスメディアは大騒ぎしている。だが、中国が昨秋以降、「株バブル」に陥ったのは明らかであり、いつ暴落してもおかしくなかった。

 さて、中国株式市場全体では個人投資家の割合が80%を占める。そこで、株価が急落すると個人投資家はパニックに陥り、その下落が止まらなくなる。
 株価急落をうけて、中国共産党は「仮面資本主義」の本領を発揮した。そのため、普通の国ではあり得ない状況が現出している。
 第1に、中国では上場企業が自社株の取引停止申請ができる。そして、今年7月8日までに、全体の半数にも及ぶ
 約1400社の企業が取引を中止した。
 第2に、中国政府は、新規株式公開を延期した。
 第3に、(株式の5%以上を持つ)大株主の株式売却を半年間禁止した。
 第4に、今回の株暴落は一部の悪意を持つ投資家による「空売り」(株価が高い時点で株を借りて売り、安くなった時点で
 その株を買い戻す)が原因だとして、公安が厳しく取り締まる方針を打ち出した。世界の常識では、「空売り」は正常な市
 場行為である。
 第5に、習政権は株価暴落の批判が政府に向かわないよう通達したという。北京は株騰落の「犯人捜し」を行い、自らへ
 の批判をかわそうとしている。

 以上のように、中国の“資本主義”は、名ばかりのマーケットであったことが世界中に知れ渡った。

 ところで、日本の一部エコノミストは、未だに中国政府の発表するGDPを信用している。だが、我々が以前から主張しているように、「中国版公定歩合」(預金・貸出金利のうち、特に貸出金利)こそが、中国経済の実態を示す最も信頼すべき数字だろう。これを見れば景気が一目でわかる。
 1997年の「アジア金融危機」の際、江沢民政権は同年10月から2002年2月にかけて、1〜3年モノ貸出金利を9.36→9.00→7.11→6.66→5.94→5.49%と6回下げた。その2年8ヶ月後、ようやく金利が再び上昇した。
 2008年の「リーマン・ショック」直後、胡錦濤政権は同年9月中旬から12月下旬にかけて、1〜3年モノ貸出金利を7.29→7.02→6.75→5.67→5.40%と矢継ぎ早に5回も引き下げている。胡政権は、総額4兆元(一説には40兆元)の財政出動をして、この難局を乗り切ったのである。
 習近平政権は昨年11月から今年6月まで、既に4回の利下げを行なった。1〜5年(!)モノ貸出金利を6.00→5.75→5.50→5.25%と引き下げた。現在の貸出金利2.25%は、約20年間で最低となっている。「アジア金融危機」、「リーマン・ショック」直後よりも、現在の方が景気は悪いと考えられる。
 けれども、習近平政権は「新常態」(ニュー・ノーマル」と称して、何の施策も打っていない。ひょっとすると、すでに中国政府の財政赤字があまりに大きいので、北京は財政出動できない可能性もある。
 今回、習政権は、露骨に株式市場に介入した。「不動産バブル」はすでに崩壊したと思われるので、これが共産党の“最後の砦”なのだろう。経済発展のみが共産党の“レゾン・デートル”(存在理由)である。株式市場も崩壊すれば、たちまち社会不安が増大するだろう。そうでなくとも、中国が「集団的騒乱事件」(年間、20〜30万件発生)という“時限爆弾”を抱えていることを、我々は忘れてはならない。




 Ø バックナンバー  

  こちらをご覧ください
  

ホームへ戻る