澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -49-
習近平政権による李波・桂民海の拉致
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 2015年末、中国政府に対し批判的な書籍を出版・販売する香港「銅鑼湾書店」の株主、李波が同地から失踪した。どうやら中国当局に拘束され、大陸へ連行された公算が大きい。そのため、香港警察が捜査に乗り出している。
 その前に、「銅羅湾書店」店主 桂民海(巨流発行公司も経営)が既にタイ・パタヤのマンションから姿を消した。10月24日前後のことである。4人の中国人(中国共産党特別工作員)が桂民海の住むマンションへやって来て、桂を拉致して中国へ連れ戻したという。
 「銅羅湾書店」に勤める呂波、林栄基、張志平ら3人の従業員も、呂・林が深圳へ、張が東莞へ連れて行かれ逮捕されている。
 桂民海(浙江省寧波市出身、54歳)は北京大学歴史学系卒業後、一時、人民教育出版社で編集の仕事をしていた。1988年、桂はスウェーデン・ヨーテボリ大学へ留学した。同大学院(修士・博士)修了後、スウェーデン国籍を取得している。そして2003年、桂はドイツへ住居を移した。
 その後、桂民海は香港の銅羅湾・尖沙咀・旺角・北角などで、中国政治に関する暴露本―『2017年習近平崩壊』、『江沢民、習近平に大勝利』、『習近平20年執政の夢』、『天津大爆発内幕』等―を販売していた。そのため、桂は中国共産党に目をつけられていたのだろう。
 実は、かつて桂民海が中国に住んでいた頃、自動車事故を起こし、人が亡くなっている。そのため、桂民海は(「業務上過失致死傷等罪」等ではなく)「故意の殺人罪」に問われる恐れがある。
 中国当局が海外で中国人を拉致した例として、王炳章(河北省石家荘市出身、今年68歳)が挙げられる。王はカナダ・マギル大学医学博士を取得した(中華人民共和国成立以来、北米公費留学生として初めての博士)。民主運動家でもあり、祖国の民主化を唱えた『中国の春』を創刊している。また、中国民主党(1998年に成立)の海外本部顧問でもある。
 2002年、王炳章はベトナム国境付近で中国公安に拉致された。王は船で祖国へ連れて行かれ、中国国内で逮捕された。2003年、王炳章は広東省深圳市中級人民法院で、(台湾のための)スパイ活動及びテロ組織を創設・領導した罪で無期懲役を言い渡された。現在、服役中である。
 記憶に新しいのは、北京の人権派女性弁護士、王宇の息子、包卓軒(16歳)だろう。包はミャンマーから米国へ行く予定だった。だが、今年10月、包卓軒は中国公安によってミャンマーで捕まり、同国から内モンゴルの祖父母の家へ連れ戻された。目下、包は軟禁状態にあるという。ちなみに、母親の王宇(内モンゴル・ウランホト市出身)は、今年7月、公安に連行され、現在、失踪中だという。
 ところで、2013年10月、香港晨鐘書局総編集長の姚文田(74歳)が深圳で逮捕された。翌年5月、深圳中級法院の一審で、姚は密輸の罪で、懲役10年と罰金25万人民元の判決を受けている。
 長年、姚文田は、中国ではタブーとされている「禁書」―例えば、封従徳の『六四日記:広場の共和国』、張博樹的の『中国憲政改革実現可能性研究報告』等―を発行し続けた。逮捕前、姚は米国への亡命作家 余傑の新書『中国のゴッドファーザー習近平』の出版準備を行っていた。おそらく、これが姚文田逮捕の直接的理由かもしれない。
 同様に、2014年5月、香港で『新維月刊』・『臉譜』の雑誌を出版していた王建民(福建省恵安市出身、62歳)と『亜州週刊』を編集していた咼中校(湖北省石首市出、40歳)が深圳の公安に逮捕されている。王建民は米国籍を所持していた。
 習近平政権は、他国へ公安や特別工作員を送り“問題の人物”を拉致し、中国へ連れ戻している。例えば、桂民海はスウェーデン国籍を、王建民は米国籍を所持しているにもかかわらず、中国公安は桂と王を逮捕した。
 また、習政権は「1国2制度」下の香港で、共産党にとって都合の悪い書籍を出版・販売している人物を深圳等へ連れて来て、逮捕している。姚文田や「銅羅湾書店」の呂波・林栄基・張志平らはその“犠牲者”に他ならない。
 北京政府は、いわば中国の国内法を香港にも拡大適用している。これは、いささかやり過ぎではないか。明らかに、香港の「高度な自治」が徐々に浸食されている観がある。
 中国では古代より現代に至るまで、政治がすべてに優先され、「罪刑法定主義」は、ないがしろにされてきた。そして、現在もなお、未だ厳密な法に基づく「法治」ではなく、恣意的な「人治」が行われているのである。



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