澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -97-
中国高官、冤罪裁判による臓器移植で延命か

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 現在、中国では、ある冤罪事件の裁判の“やり直し”が注目されている。
 事件の主な登場人物は3人。まず、一人の若者(聶樹斌=処刑当時20歳)、次に、真犯人(王書金=河北省広平県出身。現在、49歳で服役中)、そして、その若者から臓器提供を受けたと目される外務省高官(章含之=上海出身。喬冠華外相の妻でニクソン訪中時の通訳の1人。2008年に死亡)だった。
 1994年8月、河北省石家庄市郊外、孔寨村のトウモロコシ畑で、近くの工場で働く康菊花という女性が、暴行された挙句に殺された。
 翌9月、石家庄市鹿泉区に住む聶樹斌(同区総合職業技校の工場工員)が容疑者として逮捕されている。
 翌95年3月3日、河北省石家庄市人民検察院は、聶を同中級人民法院(地方裁判所)に起訴した。中国では起訴されたら最後、99.9%が有罪となる(この点は、我が国とほぼ同じかもしれない)。
 同月15日、同法院は聶樹斌に死刑判決を言い渡した。だが、聶はその判決を不服として控訴している(中国は2審制を採る)。
 その翌4月25日、河北省高級人民法院(高等裁判所)は、1審判決を支持し、聶の死刑が確定した。その2日後の27日、聶樹斌に対する死刑が執行されている。

 近年、その際、聶の一部臓器が外務省高官、章含之に移植されたのではないかという疑惑が持ち上がった。
 まず、聶樹斌が処刑された翌28日、聶の所持品が自宅へ戻った。しかし、遺族は誰も聶の遺体を見ていない。そして、1997年秋、当局から聶の“遺骨”が自宅へ送られてきている。
 次に、章含之は、腎臓を患っていた。章は、1度目が1995年に北京朝陽病院で、2度目が2002年に上海長征病院で、それぞれ腎臓の移植手術を受けている(両病院ともドナーが誰かは明らかにしていない)。この1度目の手術に使用された腎臓が、聶樹斌の臓器だった公算が大きい。

 さて、聶樹斌の死刑執行後10年近く経ってから、孔寨村での暴行殺人事件(以下、「聶事件」)の真犯人を名乗る男が現れた。王書金である。王は河北省で合計4件の連続婦女暴行殺人事件を起こし、2005年1月、河南省で逮捕されている(ちなみに、王は14歳の時、幼女を暴行し、3年の懲役で服役していた)。
 2007年3月、河北省邯鄲人民法院は、王書金の3件の事件関与を認め、王に対し、死刑判決を下した。
 けれども、翌4月、王書金は「聶事件」についても自供したのである。そして、殊勝にも王は控訴した。
 同年7月、今度は河北省高級人民法院で、控訴審が行われた。だが、同高級人民法院は1審を支持し、王の「聶事件」に関する事実認定を行わなかった。そして、2013年9月、同法院は、王書金は「聶事件」とは、無関係だとの結論を公表している。

 ところが、2014年12月、事態が大きく動く。最高人民法院(最高裁判所)が、河北省高級人民法院ではなく山東省高級人民法院に「聶事件」に関して裁判の“やり直し”を命じたのである。
 中国の裁判制度は、裁判所の管轄が必ずしも決まっているわけではない。しばしば事件発生場所とは別の所で裁判を行うことがある(例:元重慶市トップの薄熙来は、山東省済南市の裁判所で裁判を受けている。重慶市での裁判では、薄に有利な判決が出る恐れがあったため)。もし、最高人民法院が河北省高級人民法院に「聶事件」の再審を求めても、結果は同じになると最高法院が判断したからではないか。
 翌15年3月16日、山東省高級人民法院が、聶樹斌の代理人である弁護士の李樹亭と陳光武に「聶事件」の訴状調査を依頼した。すると、2人の弁護士は、すぐさま訴状に数ヶ所の改竄があるのを発見している。
 他方、王書金の弁護士 彭思源は、河北省磁県刑務所にいる王から「聶事件」の真犯人だとの証言を得ようとした。けれども、河北省から王書金のもとへある“チーム”が派遣され、これ以上、王が「聶事件」に関与したと話さないよう釘を刺さされている。
 さらに、なぜか山東省高級人民法院による「聶事件」の再審が、2015年6月以来、3ヶ月ずつ4度(合計1年)の延期が繰り返されている(今年6月15日まで再審は延期)。

 穿った見方かもしれないが、恐らく北京政府としては、再審を通じて事実を明らかにしたいと考えているのではないか。だが、一方では、冤罪裁判と臓器移植との関係を暴露されたくない勢力が、必死に抵抗しているに違いない。
 今の中国では「臓器移植が必要な政府高官がいた際、刑務所で適合者が見つかれば、たとえ軽い罪でも死刑を言い渡される」とさえ言われている。


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