新型コロナウイルスと習近平

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 「中国の新型ウイルス肺炎の広がりは中国に破局的な惨禍をもたらせば、中国共産党の独裁体制と習近平国家主席の個人崇拝的な絶対支配が非難され、崩れることにもなる」――アメリカの識者から現在の中国での謎の伝染病の広がりを習近平氏の下での異様な独裁体制と結びつける厳しい批判が表明された。
 
 中国の武漢で発生した新型コロナウイルスによる肺炎はいまや全世界へと拡大した。1月29日の段階で中国本土での感染者が5,974人、死者が132人と発表された。全世界では中国以外では日本を含め17の国と地域で感染者が出た。
 日本でもこれまで7人の感染者が出て、うち2人は中国を訪れたことはなく、来日した武漢出身の中国人と接触しただけだという。
 この結果、香港やシンガポールなどが中国からの訪問者の入国を大幅に制限し、北朝鮮やモンゴリアのように全面禁止とする国も出てきた。だが日本では武漢を含めて中国各地からの来訪者の入国にまったく制限をつけておらず、政府の対応の甘さが国際的にも顕著となってきた。中国政府が武漢からの他国への飛行を制限し、中国から海外への団体観光客の出発を禁止したことも伝えるなかで、日本政府の措置は異様なほど緩やかにみえる。
 
 さてこうした現実のなかでアメリカの大手新聞ウォールストリート・ジャーナルは1月26日付に「中国の検閲がウイルスの拡散を助長した」という見出しのオピニオン記事を掲載した。
 同記事の筆者は国際関係の専門家でジョンズホプキンス高等国際関係大学院の元学長ポール・ウォルフォウィッツ氏とワシントンの大手研究機関AEIの上級研究員マックス・フロスト氏である。ウォルフォウィッツ氏は先代ブッシュ政権で国防副長官を務めた共和党保守派の重鎮政治家でもある。
 同オピニオン記事は今回の新型ウイルス肺炎がこれほど急速に広まった原因は中国共産党の習近平独裁政権が「中国国民の福祉よりも社会の管理を重視する」ためにこの新型の伝染病の発生と拡散についての情報を開示しなかったことが大きい、と批判していた。
 同記事は伝染病に関する情報が隠されることがいかに危険かの実例として第一次世界大戦中の1918年から19年にかけて世界中で大流行した狂暴インフルエンザの「スペイン風邪」について報告していた。
 この「スペイン風邪」では全世界で感染が約5億人、死亡が約5,000万人に達したが、その大流行の主要因は戦争を遂行していた各国がこぞってその病気の情報を秘密にしたことにあったとされた。
 確かに今回の新型ウイルスによる肺炎も中国内部では昨年12月8日ごろに武漢での感染者のケースが非公式のネットで最初に伝えられたものの、当局は秘密にして、中国の官営メディアが初めて報道したのが今年1月9日だった。
 習近平国家主席が新型コロナウイルスによる肺炎で初めて指示を出したのは1月20日だった。習主席はこのとき、「断固としてウイルスの蔓延を阻止するように」と命令し、情報の即時公開などを指示した。病気の最初の発生から40日以上が過ぎていたわけだ。
 ウォルフォウィッツ氏らの記事はこうした経緯を踏まえて、以下のような骨子を述べていた。
  • ・中国では政府や共産党から独立したメディアは存在しないため、今回の大事件も当局の意思で秘密にされ、地元の武漢の官営新聞がこの肺炎について報道したのは実際の発生が起きてから3週間以上も後だった。
  • ・病気の発生が明らかになった後の1月10日にも、当局の意向を受けた“医療専門家”が国営テレビで「この病気はもう防止された」とか「その症状は軽い」という根拠のない楽観論を語っていた。
  • ・現実にはこの新型ウイルス肺炎は100万人単位の住民が再教育収容所に入れられている新疆ウイグル自治区にも広まった。また同様に中国政府が世界保健機構(WHO)への加盟を阻む相手の台湾でもすでに患者が出始めたのだ。
  • ・中国政府のこの秘密主義は明白に習近平独裁体制下の異様な統制のためであり、この病気が中国に破局的な惨禍をもたらせば、共産党の独裁体制と習近平国家主席の個人崇拝的な絶対支配がその原因として非難され、崩れることにもなる。
 以上のように、この記事は今回の異様な伝染病の広がりを習近平独裁といういまの中国の異様な支配状態に結びつけて批判と警告を発していた。ウォルフォウィッツ氏はトランプ政権にも近い論客であるため、その見解の発表には同政権の認識も滲んでいると言えそうだ。