ワクチン供与への台湾の謝意

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 「ありがとう 日本!」という桜色の大文字にはつい惹き込まれた。新聞の全面広告である。さらに同じ新聞の他の面には「感謝」という巨大な文字が桜色のハートを背景に踊っていた。
 産経新聞の6月13日の朝刊だった。同じ趣旨の全面広告が2面にわたり載っていたのだ。台湾の人々が日本からの新型コロナウイルスのワクチン贈呈に感謝する広告だった。
 日本政府が台湾に贈呈したコロナウイルスのワクチン124万回分への感謝を述べる台湾の民間一般による意見広告である。日本からのそのワクチンが台湾に着いたのはつい最近の6月4日だった。
 その1週間ほど後にもうこんな巨大な感謝の表明が日本の新聞に大きく出たのである。その背景には台湾がいまワクチンをいかに必要としていたか、そしてさらにその背景には台湾の官民が日ごろ日本にいかに善意や好感を抱いているか、という実態が存在する。
 いまの日本にとって台湾の日本に対する前向きの、そして温かい態度はかけがえのないほど貴重である。日本にとって外交的にも、政治的にも、さらには社会一般から国民一般の自国への認識にとっても、日本をこれほどの親しみや友好の念でみてくれる外国の人たちが存在することは胸に刻むべき現実でもある。
 
 広告に記された感謝の辞を紹介しよう。
 「患難見真情 まさかの時の友こそ真の友」
 「台湾が、新型コロナウイルスワクチンの獲得に極めて厳しい困難に直面しているとき、日本政府は迅速に救いの手を差し伸べ、124万回分のワクチンを無償で提供してくれました。我々は、日本政府及び国民の皆様の心意気と速やかな対応に、心より感謝申し上げます。台湾人有志一同」
 
 台湾はコロナウイルスに関して、まさに厳しい困難に直面していた。2020年のはじめに中国の武漢で発生した新型コロナウイルスの感染が国際的となった当初は、台湾は全世界のモデルケースのような防疫対策の成功をみせていた。
 中国にほぼ隣接しているのに感染者をぴたりと抑えたのだ。日本と比べても感染者も死者もずっと少なく、ほとんどゼロに近い数字の時期が何ヵ月も続いていた。当初の成功の主要な原因は中国との人間の往来を徹底して止めたことだった。
 だがここ数ヵ月、台湾での感染者が急増してきた。その理由はウイルスに変種が出てきたことや、中国との往来の遮断にも緩みが出てきたこと、などだという。その結果、急速にワクチンが必要となった。日本と同様に自国製のワクチンを有さない台湾は外国から輸入せねばならなくなった。ところが中国が陰に陽に、その妨害をした。
 そして困り果てた台湾に日本がいち早く、アメリカにも先駆け、全世界で最も早くワクチンを大量に贈呈したのだった。この日本の行動への台湾一般の感謝感激ぶりはものすごいのだという。私自身、産経新聞の台北支局長の矢板明夫記者に電話をして、その台湾の反応を詳しく知った。
 
 産経新聞に載った感謝の広告は以下のようにも述べていた。
 「この恩義は、永遠に我々の記憶に残るでしょう。台湾と日本は近くて古い友人です。一日も早く皆様と再会できることを願っています」
 そして「感謝」という巨大な文字を取り囲む第2ページ目の広告には以下の記述があった。
 「日本から124万回分のワクチンと勇気をもらいました」
 「これからも絆を深く」
 「私たちはこれからも台日友好を推進します」
 以上のような記述の下にはこの謝意を表明する台湾側の民間組織の名前が140以上、列記されていた。そのほとんどが公司、つまり会社だった。だが学校や医師会、文化団体などの名も多数あった。
 こうした台湾側の実情について矢板記者が6月16日の産経新聞に台北からの記事を書いていた。その記事には次のような記述があった。
 「人口2,300万の台湾で当局が5月末までに海外から調達したワクチンは約85万回分、6月上旬でほぼすべて接種に使用されており、『ワクチンがない』という窮地に陥る直前に日本からの124万回分が届いたことで最悪の事態を回避できた形だ」
 「台湾メディアは日本からのワクチンを『恵みの雨』と表現した。この1週間、台湾社会の全体が日本への感謝の声であふれていた」
 
 台湾での日本の感謝は本当にものすごいのだという。矢板記者に直接、尋ねたところだと、とにかくこのワクチン贈呈には直接、かかわりのない同記者に対しても、ただ日本人だというだけで、街の人が感謝を述べるのだという。
 日本人の駐在員の家では日ごろ使っているクリーニング店が感謝のために、いまは代金を受け取らないとまで宣言したとのことだった。
 そして台湾の各界では日本への感謝の気持ちをなんとか直接に伝えようという動きが自然に広がり、今回の新聞での意見広告掲載になったのだという。
 日本の全国紙の全面広告の値段は安くはない。だが日本円にすると数千万単位の額がすぐに集まった。そして前記のような産経新聞への広告掲載となったわけだ。
 この掲載が日本の主要新聞では産経新聞1紙だけとなったのは、台湾と産経との伝統的なつながりのためだといえよう。
 中国政府が日本の各新聞に勝手に「一つの中国」原則を押しつけ、台湾に支局や記者をおく新聞は中国本土には駐在を認めないという措置を長年とったなかで、産経だけはこの北京政府の恫喝に屈せず、台湾での記者駐在を続けたのだった。
 産経はそのかわりに北京などへの記者駐在は認められなかった。他の主要メディアはすべてこの北京の命令に従った。だから台湾では日本のメディアといえば、産経新聞が最も広く、詳しく知られるようになったのだ。
 だが台湾の人々は垣根なしに、日本に好感を抱いている。私自身、記者として1997年に当時の李登輝総統に招かれ、初めて台湾を訪れて、各界の人たちに接触し、びっくりした。日本にこれほどの善意や親近感を持つ国――日本政府は台湾を独立国家として認めていないが、現実には主権国家に等しいといえよう――が存在することに信じられない思いだった。
 だから台湾という存在は日本にとって全世界でも稀有の価値ある人間集団だと痛感した。台湾の人たちの日本への友好は2011年春の東日本大震災の惨禍に対して全世界でも最高額に等しい義援金を贈ってくれた事実でも立証された。
 私は台湾のこうした親日ぶりを実感してきただけに、今回の日本からの善意の象徴ともいえるワクチン贈呈が台湾側でいかに喜ばれたかも、容易に想像がつくのである。
 だからこそ台湾との絆は今後も大切にしたい。そして日本の若い世代にはコロナ後にはぜひとも台湾を訪れ、日本という国、日本人という民族をこれほど前向きに評価してくれる外国の人たちが実在するという現実を体験してほしいと願っている。