バイデン大統領の悲劇

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカのジョセフ・バイデン大統領が外交、内政ともに失態や誤算を重ね、就任以来の最低の支持率となった。日本にとっても同盟国のアメリカの現政権の錯誤は重大なマイナス要因となる。
 だから日本はアメリカ、そしてバイデン政権のよりよきパートナーであることに努めるべきだが、同時にバイデン大統領がいまどれほど追い詰められた苦境にあるかを正確に知っておくことも必要だろう。
 
 私はバイデン政権のこの種の失墜を予測する「アメリカの悲劇!」(ビジネス社)という書を今年4月に世に出した。副題は「バイデン政権の奈落」とか「決断できない最弱の大統領。日本を国難に陥れる」となっていた。当時としてはバイデン大統領に対して厳しすぎるような批評だった。
 だがそれから半年、この10月の時点でバイデン大統領の実際の失態やアメリカでの酷評をみると、私の予測は的中したと思えるのだ。自画自賛のような言辞ではあるが、国際情勢をみる目、とくにアメリカでの動きを認識する感覚ということで、この半年前の予測と現在の状況とを重ねあわせてみたい。
 
 バイデン政権の失態はまず8月のアフガニスタン撤退から顕著となった。過去20年間、支援してきたアフガニスタン共和国の政権があっという間に崩れ、イスラム原理主義でテロ行動も活発な勢力タリバンが全土を制圧するに至った。
 バイデン大統領自身はアフガニスタン政権の存続を明言し、タリバン制圧下のアメリカ国民やアメリカに協力したアフガニスタン国民の救出も円滑にできると断言していた。
 だがバイデン大統領の一連の言明はみな虚構だと判明した。
 バイデン大統領の失態は政策のミスならまだ理解できるが、公式の場での発言がみな事実と反する点が同大統領の統治能力に深刻な影を広げた。
 「アフガニスタンにはもうテロ組織のアルカーイダは存在しない」
 「タリバンはアフガニスタンから避難するアメリカ国民のカブール空港への移動を保護している」
 「アメリカに協力して、タリバンからの迫害を予測されるアフガン国民はみな安全に避難させる」
 以上のようなバイデン大統領の公式の場での発言はいずれも事実と反した。つまり虚構だった。バイデン政権の国防総省報道官というような政権中枢の人物たちが大統領の発言は間違っているという趣旨の言明をする、という始末なのだ。
 バイデン発言の虚構をさらに強く印象づけたのは米軍統合参謀本部議長らの9月28日の上院軍事委員会での証言だった。
 同議長のマーク・ミリー大将とアフガニスタンを管轄下におく米中央軍のケネス・マッケンジー司令官はともにこの軍事委員会の公聴会でバイデン大統領に対してアフガニスタンにはなお少なくとも2,500人の米軍を継続して駐留させることを提案し、同大統領の8月末までの全面撤退案には反対していたことを明言したのだ。
 ところがバイデン大統領は一貫して、「米軍首脳もみな8月末の全面撤退に賛成であり、米軍残留を提案した人間はだれもいなかった」と断言し続けていたのだ。率直に言えば、大統領が何度も公式の場で平然とウソをつくという無惨な状態が続いているである。
 アフガニスタンでは8月29日にもバイデン大統領が命令したイスラム過激派テロ組織IS(イスラム国)系勢力への空爆だとする攻撃が実は誤爆だったと判明した。子供7人を含む死者10人はいずれもテロ組織とは無縁の民間人だったと米軍自身が公表したのだ。
 
 アフガニスタン以外でもバイデン外交の失態は目立つ。
 フランス政府は9月中旬、アメリカ駐在の自国の大使を本国に召還した。バイデン政権の最近の行動を「裏切り」とか「ウソつき」という険しい言葉で非難したうえの抗議の措置だった。断交に近い厳しい抗議行動だった。
 その原因はバイデン政権が唐突に発表したイギリスとオーストラリアとの新たな安全保障協力「AUKUS(オーカス)」だった。より具体的にはその新協力に伴いアメリカがオーストラリアに原子力潜水艦の技術を提供するという決定だった。
 オーストラリアはこれまでフランスから原潜技術を購入する契約を結んでいたのだが、その契約が一方的に破棄になるというのだ。フランス政府はこうしたアメリカ主導の動きを事前になにも知らされていなかったと憤慨するわけである。
 アメリカが北大西洋条約機構(NATO)を通じての長年の同盟国のフランスからこれほど激しい抗議を受けるのは前代未聞と言える。しかもバイデン大統領はトランプ前政権との対比を強調して、同盟諸国との協調をスローガンにしてきたから、まさにその売りの政策目標が地に堕ちた感じとなる。
 バイデン政権は大量の違法入国者への対策も不備を重ね、アメリカ国内での広範な非難を浴びている。中米諸国の住民がメキシコを通過して、アメリカに不法に入国しようとするのだ。その数は連日、数万を数える。
 この出来事もバイデン大統領が発表した寛容な入国政策とそのずさんな運営が原因だった。国境に面するテキサス州やアリゾナ州では違法入国者を拘束する施設が不足して、定員40数人のところに1,000人を越える男女を収容するほかない、という危機までが起きている。
 この危機もバイデン大統領が一度、アメリカ領内に入った違法入国者は国外へは送り返さないという方針をとったためのエスカレートだった。この違法入国者にはコロナ感染者や麻薬犯罪関連者も多く、国境沿いの州は緊急事態を発令した。だがバイデン政権は効果的な対策をとっておらず、全米での高まる非難にさらされている。
 バイデン政権は純粋な国内問題でも巨額のインフラ建設法案を巨額すぎるという理由で身内の民主党議員のなかからも造反を出して、苦境に陥った。
 こうした文字通りの内憂外患の結果、バイデン大統領への支持率は急落した。10月には就任以来、初めて不支持率が支持率を大幅に高まり、そのまま固定という状況となった。
 とくにバイデン陣営にとっての重大な懸念は大統領選や議会選で超重要となる民主党、共和党のいずれにも決まっては投票しないという無党派層でのバイデン大統領への不支持が高まったことだ。ワシントン・ポストなどの世論調査では無党派層のバイデン氏支持は今年6月に52%だったのが10月には38%まで落ちてしまった。
 バイデン大統領のこの苦境は大方が彼自身、彼個人の統治の能力の欠陥から生じたようにみえる点が最も深刻だと言える。こうした大統領を選んでしまったアメリカの悲劇、さらにあえて述べれば、バイデン政権の奈落という危機がちらつくのである。