岸田政権の「経済安全保障」は〈安倍・菅政権〉と何が違うのか

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マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー ジャガンナート・パンダ

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 日本経済は新型コロナ対策の措置が長引くことにより、長期間の制約を余儀なくされ、これが経済の再開を妨げている。岸田文雄首相にとっては、国内の新型コロナの脅威に対処することが日本政府の国際的な立場と経済力に直接影響することになる。従って岸田政権の経済政策は、「新しい資本主義」のもとで成長を図る「介入派」の政策を取り入れることを目指してきた。この経済の展望の重要な点は、そう遠くないうちに政府が経済安全保障に関する法案を提出することである。さらに、この経済政策は2022年の国家安全保障戦略にも含まれる予定だ。このような中で岸田政権が掲げる「経済安全保障」とは、何を約束するものなのか。また、それはこれまでの政権が導入してきた経済安全保障政策と、どのような点で異なっているのか。
 
 「経済安全保障」の考えは、新国際秩序創造戦略本部(2021年10月、経済安全保障対策本部に改称)による調査研究から脚光を浴びるようになった。この戦略本部は自由民主党の政策立案を行う政務調査会の一部として機能するもので、その目的は、経済の強さ、持続力、創造力に左右されることになる日本の国力を評価していくことにある。同戦略本部の調査研究は、更なる成長を達成するためには、日本は戦略的に独立していること、同時に必要不可欠であることに注力すべきであると結論付けた。ここで言う戦略的独立とは、日本経済の対外依存度を減らすことを指し、必要不可欠であることとは、日本が世界に欠かせない貿易相手国となる分野を強化し、これに投資することを意味する。
 
 実際、岸田首相は、台湾から輸入する半導体の騒動や新型コロナ感染拡大中の医療物資の不足で明るみとなった日本の脆弱性を考えると、経済安全保障を通じて、サプライチェーンの強さを向上させることは日本にとって不可欠なことである、と述べている。新法案は当局に、日本のサプライチェーンが外国に過度に依存していないかチェック、それを保証する権限を与えることになる。
 
 岸田政権の新法案が正式なものとなる時、それは安全保障上慎重に扱うべき分野に対し、より厳しい規制を課すことになる。この法案は、政策立案者たちよりも学者たちによって為された提案のため、衰えつつある日本経済を守るための広範囲な期待を含んでいる。さらに、岸田政権の経済安全保障政策は、日本にとって不可欠な製品を日本で製造することを促す。例えば、国内半導体を進めるための44億ドルの投資がそうだ。また、デジタル分野のインフラ保護や中国による知的所有物窃取を防止することに注意が払われることになるだろう。
 
 最終的には自身の経済構想にアベノミクス(及びスガノミクス)を取り入れ、岸田首相は新自由主義的政策から脱却する新経済戦略を目指す「キシダノミクス」を形作り始めた。自民党の有力派閥・宏池会の領袖として岸田首相は、再軍備より経済回復を優先するとした同派閥の外交哲学を共有している。従って、岸田首相が「成長と再分配の好循環」を経済政策の目玉に据え、デフレと戦うためアベノミクス=スガノミクスを踏襲することに何の驚きもない。ここで指摘しておかねばならないことは、アベノミクスとスガノミクスがデフレに対してよく機能した一方で、日本中で格差が拡大したということだ。今、岸田首相は賃金の低迷を終わらせ、一般的な日本人労働者の経済状況を改善することを目指している。
 
 とはいうものの、岸田の経済政策はアベノミクスやスガノミクスからそれほどかけ離れているものではない。岸田政権はアベノミクスの基本として知られる三本の矢―大胆な金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略―を引き継ぐつもりだからだ。さらに言えば、サプライチェーンへの依存度を下げる経済安全保障政策は、日本の消費者にとっても不毛な価格競争を取り締まるキシダノミクスと合致することになる。しかも、必需品を輸入する代わりに日本で生産する動きは、職を生み出し、経済成長と賃金上昇に貢献することにもなる。
 
 重要なことは、経済安全保障は岸田首相による斬新なアイデアというわけではなく、それは結局のところ、アベノミクスとスガノミクスとの重要な連環を保っているということだ。経済安全保障という言葉は、安倍政権下の2020年7月に出された「経済財政運営と改革の基本方針2020」の中で初めて用いられた。これが後に、国家安全保障と経済が交差する部分に焦点を当てた経済安保法制準備室が、国家安全保障局内に設置されることへと繋がった。さらに、新国際秩序創造戦略本部は菅政権下の2020年12月に提言「『経済安全保障戦略』の策定に向けて」を発表し、その中でサプライチェーン強靭化から経済革新までの広範にわたる政策を概説した。当時は新型コロナ感染拡大が始まった時期でもあり、サプライチェーンの強靭性を巡り、例えば、日本企業の工場を中国から日本または他のASEAN諸国に移転することを促すため、22億ドルに上る補助金を投入することなどについて、大いに議論が交わされた。
 
 とはいうものの、経済安全保障にこれほど厚く焦点を当て、この動きを促進したのは岸田政権だと言って差し支えないだろう。この分野の優先順位の高さは、経済安全保障が現在、国家安全保障の同義語とみなされていること、さらに、現在は小林鷹之経済安全保障担当相がその地位にいる大臣職の創設によって証明された。このことは、前政権からの出発を意味している。岸田首相は次のように述べている。小林大臣の役割は、日本の戦略的技術や物資の他国への流出を防ぎ、国内で持続可能となる経済の創出を確かなものにすることだ、と。岸田首相は、穏健派でハト派の指導者だと言われるが、彼の外交政策は、彼の、日本の外相としては歴代最長となる任期とその経験から得られたもので、実際、現在の日本政府は中国から生じてくる脅威に対して強い態度で向き合っている。重要なことは、岸田首相は、中国に対してより厳しいアプローチを掲げて選挙に勝ったことであり、今、彼はこの公約を果たさなくてはならないということだ。
 
 地域的に見れば、岸田政権の「経済安全保障」は、グローバルな安全保障環境の変化、特に中国によるサプライチェーンの妨害、サイバーセキュリティへの脅威、知的所有権をめぐる確執などを通して拡散される多面的な脅威への反応である。それは日本が掲げる概念である「インド太平洋への展望」を補強するだろう。なぜならば、もし台湾海峡や南シナ海で有事があれば日本にとっての経済的影響は避けられないからだ。「自由で開かれたインド太平洋」という概念は、現状の安全保障環境の中で日本を守ることを目的としている。より自給自足的な経済を作り出すことで日本は、もし供給の途絶が生じても首を絞められることを避けることができる。しかし、これらの保護的な経済安全保障政策を発展させていく一方で、重要な対中貿易との間でバランスを取ることは、日本の経済外交の試練であることは間違いない。
 
 このような動きは、日印豪サプライチェーン強靭化イニシアチブなど、日本が継続的、献身的に進めてきたことが確実なものとなる前兆である。特に、サプライチェーンの多様化は、強固な経済を目指すための大きな目標となっている。さらに、「地域的な包括的経済連携協定(RCEP)」や「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」のような地域的な自由貿易圏への注目が高まるにつれて、RCEPの中心国の一つ、そしてCPTPPの主導国として、日本が強い経済を持つことは日本政府のアジアにおける力関係において極めて重要なのである。強い経済だからこそ地域の他の国々の案内役及び調整役として働くことができるのであるが、強い経済は外からの脅威に対して安全でなくてはならない。
 
 クアッドの国々を念頭に置きつつも、日本の経済安全保障への強調は、米国との緊密な連携へと繋がっている。特に、日米の同盟関係はこれらの問題に対処するため、経済における優先順位を共有している。日本の国家安全保障局の経済安全保障担当部署は、米国とこの分野における協力関係を促進することに用いられ、実際、進展があった。例えば、2021年4月、菅政権下において日米競争力・強靭性パートナーシップが締結された。
 
 同時に、経済安全保障は、アジアにおいて信頼に足る通信インフラを構築することを目的として、南アジアや東南アジアへの継続的な投資を促進する。この領域は日本の経済多国間主義と融合することになる。日本はこの地域の最大の開発支援者であるからだ。クアッドの一員であるインドと豪州と共に、日本は既にサプライチェーン強靭化イニシアチブを通じてのサプライチェーン保護に注力している。同時にクアッドでは重要技術への関心が高まっている。
 
 日本が、志を同じくするパートナーたちとのこの分野における協力関係を得ようとする努力は、「経済外交」という日本の重要な信条の一部でもある。「経済外交」はアジア地域におけるプレーヤーとしての(主導国ではないとしても)日本の重要性を高めるものである。岸田政権の下、日本政府は安全保障の枠組みの中で経済構想を修正する機会を得た。この枠組みは日本が大事にしてきた経済政策の理想の実現を促すだけでなく、出現しつつあるコロナ後の地政学的秩序の中で持続していくため、現在の脅威に適用されることになる。