バイデン大統領の軍事忌避がロシアの侵略を招く

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 ロシアのウクライナ侵攻が始まった。2月24日の現時点で確実な出来事となった。ロシアとアメリカ・西欧との正面対決が決定的となった。第二次東西冷戦の始まりだともいえる。
 だがアメリカ側ではバイデン大統領の軍事対決をあくまで避けるという姿勢が軟弱に過ぎて、ロシアのプーチン大統領を勢いづけたとの批判がさらに広まった。
 
 アメリカの新聞では最大部数を誇るウォールストリート・ジャーナルは2月22日の社説で「ロシアのウクライナ侵略で新冷戦が始まった」と題して、バイデン大統領のロシアへの姿勢を軟弱すぎると非難した。
 同社説はバイデン大統領がこの時点までロシアのウクライナへの侵攻を「侵略」と呼ぶことをためらってきた点を指摘して、プーチン大統領の勢力圏拡大の野望を正面から阻止する動きをとっていない、と論評した。
 同社説はバイデン政権がロシアのウクライナ侵攻への動きに対して、軍事的な対応を一切、排除している点をとくに批判していた。ロシアが軍事力を不当に行使しても、アメリカ側は経済制裁以上の手段はとらないと、最初から宣言してしまったことへの批判だった。戦争回避という大前提があるとしても、相手の軍事侵略に対して、最初から軍事的コストを払わせることはしないと言明してしまうことの欠陥を指摘しているわけだ。
 
 同様の批判はアメリカ議会でもとくに共和党側で顕著となった。上院外交委員会の有力メンバーのビル・ハガティ議員は以下の趣旨を述べた。ちなみに同議員はトランプ政権時代の日本駐在のアメリカ大使だった。
 「バイデン大統領はプーチン大統領に譲歩、また譲歩を続けた。行動力や決意の欠落がロシア側の侵略への激励となった。バイデン大統領はまず北米での石油パイプラインを禁止することでロシアの石油産業に巨大な利益を与えた。さらにアフガニスタンの撤退での大失態によりロシア側にバイデン政権の弱さをみせつけた」
 
 上院軍事委員会の共和党メンバーのマーシャ・ブラックバーン議員は以下のような骨子の声明を出した。
 「バイデン大統領はロシアの軍事侵攻の危機が明白なウクライナに対して昨年来、兵器供与を怠ってきた。当初からロシアの軍事力行使に対しては軍事手段はとらないと言明して、ロシアの侵攻の意図を結果として強めることとなった。バイデン政権はウクライナに近い北大西洋条約機構(NATO)に米軍を送ったが、ウクライナ自体への直接の軍事支援は最初から排除してきたのだ」
 
 バイデン政権のロシアへの姿勢に対しては共和党側からはトランプ政権の国連大使だったニッキー・ヘイリー氏、国務長官だったマイク・ポンペオ氏らがさらに強く非難を表明している。とくにバイデン大統領が当初から軍事オプションでの対応を排除してしまったことがロシア側を勢いづけたという批判が多かった。
 この種の批判はアメリカがロシアとの軍事反撃に踏み切れというわけではないが、最初から軍事手段は一切、とらないという手の内を示すことはかえって危険だとする主張だった。
 
 トランプ政権の国家安全保障担当の大統領補佐官だったフレッド・フライツ氏は2月下旬、バイデン政権の軍事忌避傾向を今回のロシアによるウクライナ侵略の主要な原因だとする見解を発表した。
 「バイデン政権が安全保障や国際戦略では近年でも最も欠陥のある政権であることは昨年8月のアフガニスタンからの撤退の大失態で印象づけられた。そのうえにバイデン大統領は国防費を実質上、削減してきたように軍事を忌避する傾向がある。これに対してプーチン大統領は逆に軍事重視であり、明らかにバイデン大統領の基本姿勢を弱さとみて、今回のウクライナ侵攻へと踏み切ったといえる」
 
 トランプ政権の前高官たちが政敵のバイデン政権を酷評するのは当然ともいえるが、ポンペオ前国務長官らが強調するのはロシアがトランプ政権時代には今回のような軍事侵略行動には出なかったという点である。
 確かにロシアはプーチン大統領の指導の下にアメリカのブッシュ政権時代の2008年にはジョージアへの軍事攻撃をかけ、2014年のオバマ政権時代にはウクライナを攻撃して、クリミアを奪取したが、2017年から20年までのトランプ政権時代にはその種の軍事行動は一切、とらなかった。
 その間、トランプ政権は歴代政権でも最大の国防費の増額を続け、国家安全保障戦略でも「軍事力行使の準備が戦争を抑止する」という積極的な基本を強調していた。
 この種の共和党側からのバイデン政権批判はロシアのウクライナへの軍事侵略が進むにつれさらに激しさを増すとみられる。その結果、「ウクライナ問題」がアメリカの内政でも2022年11月の中間選挙、さらには2024年11月の次期大統領選挙にも影響を及ぼすという予測までがすでに浮上してきた。