バイデン政権の国防予算にみる軍事消極性

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカのバイデン政権が3月末に発表した2023会計年度の国防予算が国政の場で懸念や批判の対象となった。その一例としてアメリカ議会上下両院の軍事委員会でも、超党派の議員たちから増額を求める声がすでに起きた。こうした批判の基盤には、ロシアのウクライナ侵略に象徴される現在の世界の軍事情勢の異常な緊迫への警戒があると言えよう。
 
 バイデン政権の国防総省予算は2023年度7730億ドルで「史上最大額」とされるが、近年のアメリカ歴代政権の国防予算はオバマ政権時代の数年を除き、一貫して自動的に増えてきた。だから毎年、自然に最大額となるわけだ。そのうえでの今回の国防予算への評価ではまず規模への批判が目立った。
 2023年度国防予算は数字だけの前年比では4・1%増とされた。だがインフレ率を差し引いた実質上の伸びは国防総省の算定でも1・5%とされる。アメリカのいまのインフレは8%以上だから現実には前年よりマイナスとなる。
 今回の国防予算は前年の2022年度予算よりも額面では307億ドルの増加となる。しかし国防総省当局者の説明によると、この増額分のうち140億ドルは機材やサービスの外部からの購入費のインフレ分の増加、60億ドルはアメリカ軍将兵への給与のインフレ対応4・6%増の昇給分に回されるという。兵器類への実際の支出の増額はきわめて少ないわけだ。
 これに対してトランプ政権時代の国防費は毎年、額面でも10%以上増、インフレ率を引いても7,8%の水準を保った。
 バイデン国防予算に対しては今回、「国家防衛戦略委員会」という官民、超党派の軍事専門家組織が「インフレ率を引いて3%から5%増が必須」という見解を述べた。
 アメリカ議会でも上下両院の軍事委員会で民主、共和両党の議員たちから「今回の国防予算はインフレ率を考慮しても実質上の前年からの削減にならない水準に引き上げる」ことを求める声が起きた。この両院軍事委員会の意見を集約する形で上院軍事委員会の共和党側筆頭メンバーのジム・インフォフ議員は「この予算はいま歴史的とされるほど高いアメリカのインフレ率を十分には考慮しておらず、そのための増額を求める」という声明を出した。
 大手紙のウォールストリート・ジャーナルはこうした広範な超党派の批判を反映する形で、今回の国防予算はアメリカの軍事能力の衰退を招くという趣旨の社説を3月末に掲載した。「アメリカの衰退する軍事力」と題する同社説は「バイデン国防予算は米軍の弱点を今後10年にもわたり拡大していく」と主張した。同社説は多数の専門家の考察として以下の諸点をあげていた。
 
 ▽今回の予算では海軍艦艇は現在の298隻から280に減り、中国抑止に必要な500隻の目標は不可能となる。
 
 ▽アメリカ陸軍は経費の圧縮で将兵の総数が3万近くの減員となる。
 
 ▽空軍は過去75年でも最小規模、最低効率となり、新鋭のF35戦闘機も新調達は当初の予定の48から33機に減る。
 
 ▽ロシアや中国の最近の動向に対して必要な海洋発射の巡航核ミサイルの開発計画がキャンセルされた。
 
 こうした新予算の構成と絡んで批判されたのはバイデン政権の「統合抑止」戦略だった。防衛は兵器による軍事力だけでなく外交の強化、同盟国との連携、経済制裁、気候変動への配慮など総合的な要素を安全保障に盛り込み、抑止とするという概念である。その典型は今回の国防予算に31億ドルの経費で盛りこまれた「文官気候部隊」の創設だと批判勢力からは指摘された。
 この「統合抑止」とされる新戦略には、バイデン政権自体が今回のロシアの侵略でみせた軍事忌避や民主党内左派の軍事反対と呼べる傾向が滲んでいる。バイデン大統領が今回の国防予算発表の際、「この増額に不満な人たちもいるだろうが」とあえて述べたのも党内左派への弁解だといえる。民主党内では国防予算に対して常に大幅削減を迫る左派リベラルの影響力が強いのだ。
 バイデン政権のロイド・オースティン国防長官は昨年4月に早くも「統合抑止」という用語を使い、その柱はまず同盟諸国の協力と科学技術の急進歩だと強調した。
 だが共和党側では、この用語は兵器や戦力の増強による通常の軍事政策を薄める方便だと非難する。下院軍事委員会の共和党側有力メンバーのマイク・ギャラガー議員は「バイデンの『統合抑止』はウクライナ戦争の勃発によりその失敗が証明された」とする論文を発表した。同議員は「ロシアや中国の軍事侵略を防ぐには通常の戦力での抑止がまず不可欠であり、『統合』という表現は民主党内の国内政策優先、対外軍事政策嫌悪の急進派へのおもねりだ」と論じた。
 バイデン政権の今回の国防予算の規模や内容は、このように同政権、そしてその背後の民主党勢力全体に流れる軍事への消極性、さらには忌避の傾向を反映すると言えるようだ。