日英同盟再び
―ロシア、中国に対抗する安全保障体制の構築―

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷昌敏

 海上自衛隊の練習艦「かしま」が6月22日、ロンドン市内を流れるテムズ川を通り、中心部の観光名所ロンドン塔近くに寄港した。「かしま」は、4月下旬に神奈川県横須賀港を出発した練習艦2隻のうちの1隻で、2隻には今春に幹部候補生学校を卒業した若手幹部約160人が乗り込んでいる。
 海自練習艦のロンドン寄港は6年ぶりで、英海軍の空母打撃群が昨年、日本を寄港したことに対する返礼の意味合いがあるという。「かしま」甲板で記者会見した練習艦隊司令官の小牟田秀覚海将補は「今年は『日英同盟』締結120年の節目だ。訪問を通じて友好を深めたい」と述べた。8月下旬までに7ヵ国を訪問するほか、英海軍との合同訓練も予定されている。(6月23日付け『読売新聞』)
 この報道にある「日英同盟」(Anglo-Japanese Alliance)とは、日本とイギリスとの間で結ばれた軍事同盟だ。1902年1月30日に主にロシア帝国の極東進出政策への対抗を目的として締結され、その後、第二次(1905年)、第三次(1911年)と継続更新されたが、1921年のワシントン海軍軍縮会議の結果、調印された四カ国条約成立に伴って、1923年8月17日に失効した。
 香港の「一国二制度」の崩壊とロシアによるウクライナ軍事侵攻により、今、「日英同盟」の復活が現実化している。
 
日英同盟はなぜ締結され、なぜ破棄されたのか
 清国は、1895年の日清戦争で日本に敗北し、賠償金や台湾、遼東半島などを日本に割譲した。その後、露仏独による三国干渉により、日本は遼東半島を放棄するに至った。その見返りとして、ロシアは、シベリア鉄道の満洲北部敷設権を得るなど中国東北部で地歩を固め、フランスも雲南省、広西省、広東省、四川省などの南中国を勢力圏に取り込んでいった。これにより、中国北部はロシア、南部はフランスという図式が出来上がり、露仏同盟によってイギリスは南北から圧力を受ける形となった。
 1897年には、山東省でドイツ人宣教師が殺害された事件を契機として、ドイツ軍が清国に出兵し、膠州湾を租借地としたことから、イギリスはドイツにも対抗せざるを得なくなった。翌1898年には、ロシアが遼東半島の旅順を占領し、さらに大連も租借地とした。その後、1900年に起こった義和団の乱に乗じてロシアは満州を軍事占領し、撤退するどころか、むしろ南の朝鮮半島にも触手を伸ばすようになった。これに警戒を強めたのはイギリスと日本であり、両国は、ロシアという共通の敵を意識するようになった。
 1902年1月30日、日本とイギリスは日英同盟を締結した。その後1921年に至り、日英国内での日英同盟更新反対論、日本との中国をめぐる利害の対立から日英同盟の廃止を望むアメリカの思惑などがあって、ワシントン会議が開催され、日英米仏による四カ国条約が締結されて同盟の更新は行わないことが決定された。1923年、日英同盟は解消された。
 この日英同盟の解消について、当時の宰相だったウィンストン・チャーチルは、著書『第二次世界大戦」の中で、「アメリカはイギリスに対して、日本が厳正に従ってきた日本との同盟を継続することが英米関係の障害になると明確に指摘した。日本は同盟の破棄に深い衝撃を受け、西欧世界はアジアを排除したとみなすに至った。そして、その後の平和にとって決定的な価値があったはずの多くのつながりが断ち切られた。こうしてヨーロッパでもアジアでも、連合国は平和の名の下に戦争への道を切り開いていったのである」と悔恨にも似た言葉を残している。
 
強固な「新日英同盟」
 2015年、イギリス政府は、「新たな国家安全保障戦略および国家安全保障・防衛戦力大綱」(NSS/SDSR)の中で、米国との特別な関係が英国の安全保障の基本であることを確認する一方、欧州以外の安全保障の相手国として唯一、日本を指定した。日本をアジアでの安全保障分野での最も親しいパートナーと呼び、日本の国連安保理常任理事国入りや国連の平和活動への積極的な参加を求めた。さらに2017年の「日英安全保障共同宣言」を高く評価し、テロ対策と暴力的過激主義、サイバーセキュリティなどの分野で協力体制を組み、法の支配を基本とする国際システムへの挑戦に対処すると宣言した。
 その後、2020年12月31日にイギリスは正式にEUを離脱した(ブレグジット)。EUに加盟していた当時のイギリス政府は、中国の欧州域内への投資に抵抗し、制裁措置を進めるようEU加盟国を説得することと、ロシアのクリミア危機以降の脅威の拡大に備えるようNATOに変化を求めていくことを重視していた。だが、プレグジットにより、イギリスは、その役割に齟齬が生じる事態となった。
 イギリスは、中国やロシアよりも利点と価値を共有できる強力な民主主義国の取り組みとして、G7加盟国にインド、オーストラリア、韓国を加える民主主義10ヵ国(D10)に拡大することを強く望んでいる。このD10構想は、イギリスがロシアによる欧州の危機に備えるだけではなく、中国封じ込めを目的とする日・米・豪・印による「クアッド構想」にも参加することを意味している。また、イギリスは、米・英・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの5ヵ国が機密情報を共有する「ファイブ・アイズ」という組織に日本の参加を呼びかけている。こうしたイギリスの外交方針は、日本にとっては1902年に締結された「日英同盟」の再来と言われるほどの国際的な重大事象だ。
 G7、D10、クアッド、ファイブ・アイズなどが加わったことで、イギリス、日本などの民主主義国家は、欧州、アジアに渡る多重多層の安全保障協定で結ばれることとなった。日本にとって、「新日英同盟」は、日米同盟と相まって、日本の国際的地位をさらに強固なものにするだろう。