日本の防衛白書が台湾に言及
―安全保障方針の変更?―

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上席研究員・安全保障開発政策研究所ストックホルム南アジア・インド太平洋センターセンター長 ジャガンナート・パンダ

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 防衛省は7月22日、「令和4年版防衛白書」を公表した。その中で、台湾の重要性が日本の安全保障や国際社会の安定と無関係ではないと指摘されている。この白書は、昨年版の延長線上にあるものだが、初めて「重要なパートナー」として台湾との結束を強調し、緊迫さを増す事態に日本がどのように対処するかを明らかにした。
 2021年4月、バイデン大統領と菅総理の日米首脳共同声明は、1969年以来初めて台湾海峡の平和と安定の重要性を謳った。昨年7月に公表された「令和3年版防衛白書」で台湾問題は「米中関係その他」の項目の中に入ったが、これは過去の白書が台湾問題を「中国」の項目の中に入れていたことと異なる。昨年、白書は初めて、台湾を取り巻く状況を注視する必要性を強調し、東アジア地域で高まりを見せる危機的な状況に注意を呼び掛けた。この明確な台湾情勢への懸念と、台湾を独立した存在として扱ったことは、「曖昧さ」から「率直な支援」へと舵を切ったことを明示している。その後、この立場は強化されてきた。
 今年の白書は、台湾情勢を巡り一段と踏み込んだ表現を盛り込んでいる。長年日本は中台の軍事力学の動向に懸念を示してはいたが、近年、日本の政府高官は台湾防衛への支持を率直に表明し始めた。それに従い、今年の白書は昨年提示したものと軌を一にしてはいるが、台湾問題については昨年の2倍の紙幅を費やしている。そこには、台湾が持つ抑止策や非対称戦遂行の能力に留まらず、中露の接近、ウクライナ戦争という、より大きな文脈の中で状況を注視すべきことも含まれている。
 戦略的競争を繰り広げる米中の間で緊張が高まる中、日本は米国との共同歩調を取ることを強調したが、これは2021年4月に公表された新ガイドラインに基づき台湾への関与を強めることを約束するものである。今年の白書は、日台で共有する民主主義や自由といった普遍的価値が、日台の団結を導く役割を担っていると強調する。日本政府は中国が拡大する軍事演習(東シナ海、南シナ海での「威圧」と「既成事実化」)を一方的な現状変更の試みと見て、このような挑戦に対して国際社会の協力を呼び掛けている。
 中国が増大させる隣国への侵犯行為、特に去年台湾の防空識別圏への侵犯は急増したが、これらが原因で日本はタカ派的な方針を取るに至った。(中国との)経済協力と安全保障政策の間に存在した平衡が後者の方へ傾いたのである。ペロシ米下院議長の訪台後、事態はより不安定になり、中国は更なる事態のエスカレートを警告しつつ台湾を囲むように実弾演習を行った。
 ペロシ氏訪台の前に行われた習主席とバイデン大統領の電話会談で習氏が発した警告「火遊びをすれば大火傷する」は、大いに喧伝され、中国政府も最近の談話で「台湾紛争は重大なエスカレーションの真っ只中にある」と述べたのである。
 今年の防衛白書には、安倍元総理が打ち出し、しばしば引用される概念「台湾有事は日本有事、したがって日米同盟の有事である」が盛り込まれた。白書が中国による侵攻を差し迫ったものと認識しているということは、増大する中国の脅威に対応する米国に日本も呼応するという意思表示に留まらず、その差し迫ったシナリオに対処する準備が日本自身にできていることを示すものでもある。
 予期されたことだが、新しい防衛白書を中国政府は厳しく批判した。中国国防相の呉謙報道官は、日本の防衛白書は「中国の脅威」を誇張し中国の内政問題に介入するもので「偏見」と「誹謗中傷」で満ちている、と述べた。また同報道官は、日本は「中国の脅威」を、戦後の国際秩序へ造反となる防衛費増額を実行するための口実に利用しようとしていると示唆した。
 だが、日本の政策変更は、台湾に対する中国の圧迫戦術だけでなく、中国(とロシア)の艦艇が日本領海に侵入することで深まってきた不信感によるところも大きい。地政学的に言えば、中国による台湾併合は、台湾からわずか110kmに位置する与那国島はもちろん、尖閣諸島への中国軍の近接という状況も引き起こすだろう。中国の拡大計画の中で台湾の次は尖閣ということを日本は恐れている。
 日本は既に、戦略的に攻撃を受けやすい与那国への自衛隊配備を増加させている。だが、ここでより明らかになりつつあるのは、日本は防衛能力を高めていく必要があるということだ。台湾有事となれば、日本は中露北の三正面で対応しなくてはならなくなる。そのような見通しは、中国の行動によってますます強まってきている。ペロシ訪台後、台湾を取り囲む形で中国が行った軍事演習はその具体的行動の1つであるが、その演習中に中国の弾道ミサイルが日本の排他的経済水域(EEZ)に初めて撃ち込まれている。
 しかも、台湾海峡における紛争は、日本の重要なシーレーンに大きく影響し、日本の経済安全保障への脅威にもなるだろう。したがって、強靭なサプライチェーンの構築だけでなく、新興先端技術のような非伝統的な安全保障分野を国家安全保障分野に含めることも、白書は強調している。
 以前岸田総理が警告していたことでもあるが、新しい防衛白書は、ウクライナ情勢が同様の危機を近い将来東アジアで誘発する可能性があるとの認識を示した。中国による台湾への圧力と侵略の傾向、この両方がウクライナ戦争によって高められている。日本政府が紛争の可能性が高いとみれば、地域の安定を維持するため、戦争へと事態がエスカレートするのを防ぐため、より積極的な役割を果たす意志を白書に表明することになる。白書は、自らの防衛力強化と同様、日米同盟の強化を通じて日本は事態に対処すると主張している。
 防衛白書が安全保障の懸念を強調したことは、与党自民党の「防衛費GDP比2%に増額」という公約を、8月の防衛省の概算要求を前に補強することにもなるだろう。白書も、現在日本はG7諸国、オーストラリア、韓国の中で、防衛費支出のGDPに対する割合が最も低いと説明することで、防衛費支出を加速していく必要性を説いている。
 日本の「外交青書」の最新版が既に公表されているが、その中で初めて台湾海峡に関するいくつかの言及があった。加えて7月下旬、防衛白書が公表されて1週間後というタイミングで日本の国会議員団が台湾を訪問し、台湾海峡をめぐる地域の安全保障について話し合った。これは政府が年末までにとりまとめる防衛関連3文書が出る前というタイミングでもある。その議員団は超党派による台湾への支持を表明し、2国間の協力を強化する努力を強調した。重要文書の公表と呼応するかのような国会議員団の台湾訪問は、日本国内での台湾問題の重要性が増していることを示すものである。
 総合的に見て、日本の台湾に対する外交政策は明らかに変化してきている。安全保障上の問題に加えて、日台では経済安全保障分野での協力関係強化も図られている。半導体分野での提携がよい例で、日本政府は台湾の半導体大手TSMCとのジョイント・ベンチャーによる国内工場設立に補助金をつけている。また、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への台湾の加盟申請を日本が歓迎していることも挙げられる。
 とは言え、最新の防衛白書が中国による武力統一を警戒する一方で、台湾との直接的な安全保障協力を制限している現状を日本が改めることは、今のところなさそうだ。これは強化されつつある日台の経済関係とは対照的である。