なぜ中国は万鋼氏を安倍元首相の国葬に参加させたのか、万鋼氏とはどんな人物か

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷昌敏

 安倍晋三元首相の国葬が9月27日、東京都内の日本武道館で執り行われた。210を超える国と地域、国際機関の代表団を含め、政府発表によると国内外から4,183人が参列。ただ法的根拠や概算16億円超の国費支出を巡って世論の賛否が割れた。警察は最大約2万人を投入し、厳戒態勢で警備や要人警護に当たった。首相経験者の国葬は戦後2例目で吉田茂元首相以来、55年ぶりとなった。会場近くの九段坂公園には一般向けの献花台が設けられ長い列ができ、約2万3千人が訪れた(共同通信)。
 この国葬に中華人民共和国政府を代表して参加したのが万鋼(ワン・ガン)氏だ。万鋼氏は、1952年8月、上海市生まれ、中国科学技術協会主席、中国人民政治協商会議全国委員会副主席、中国致公党(ちゅうごくちこうとう)中央委員会主席という肩書を持つ。1991年にクラウスタール工業大学(ドイツ)を卒業後、自動車会社アウディ社に入社。2001年に帰国して、2004年には、同済大学校長(学長)に就任した。2007年、非中国共産党員ながら、初めて中国科学技術部長(大臣)に抜擢された人物として有名だ。同年、中国致公党中央委員会主席を兼務。2008年3月には中国人民政治協商会議全国委員会副主席を兼任する。2016年6月、中国科学技術協会主席を兼務し、現在に至る。万鋼氏が主席を務める「中国致公党」は世界的にも珍しい政党だ。
 
「中国致公党」とは
 現在の中国は、中国共産党一党独裁と言われているが、実際には複数政党制で野党が存在している。与党である中国共産党が全ての権力を握り、事実上の反対政党はない。こうした政治体制を「ヘゲモニー政党制」と言う。万鋼氏が主席を務める「中国致公党」は、中国共産党の支配体制を支持し、特定の職種等を代表するものの、中国共産党に代わって政権を担うことはない衛星政党である。これら衛星政党は、「民主党派」とも言われる。
 衛星政党は、ほかにも「中国国民党革命委員会」(民革:中国革命の父である孫文未亡人の宋慶齢が名誉主席を務めた国民党内の改革勢力)、「中国民主同盟」(民盟:国共両党が対立していた時期の有力な中間派)、「台湾民主自治同盟」(台盟:台湾人の親共産党グループ)、「中国民主建国会」(民建:国民党・共産党と対等な第三勢力)、「中国民主促進会」(民進:上海の左派系知識人を中心に結成)、「中国農工民主党」(農工党:中国国民党臨時行動委員会を基に結成)、「九三学社」(きゅうさんがくしゃ:文教、医薬衛生、科学技術者の団体)など全部で8政党がある。
 「中国致公党」は、そもそも秘密結社「洪門」(ほんめん:中国明朝末期から清朝初期に興った秘密結社、「反清復明」(清を倒し明を復活させる)がスローガン)をルーツに持つ政党である。前身は在米華僑の秘密結社「洪門致公堂」であり、1925年 10月致公堂員の発起によってサンフランシスコで設立された。1949年9月、中国人民政治協商会議第1回全体会議に参加し、「共同綱領」の作成に参画する。共産党員との二重党籍を認めていたこともあって、文化大革命時期には大打撃を受けて活動を停止したが、活動復帰後は、華僑資本の本国誘致と対台湾、ホンコン、マカオ工作を主要な任務としていた。
 「中国致公党」は、「中国致公党章程」(2017年12月5日改定)の総綱において、自らの立場を次のように説明している。
 「中国致公党の政治綱領とは、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、“三つの代表”重要思想、科学的発展観、習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想を指導原理とすることを堅持し、中国共産党による指導を堅持し、習近平同志を指導の核心的地位とすることを擁護し、中国の特色ある社会主義の基本的理論・基本的路線・基本的方策を堅持し、『長期共存し、相互に監督し、肝胆を相照らし、栄辱を共にする』基本的方針を堅持し、一体性と多様性が互いに揃うことを堅持し、のびやかで穏健かつ団結していて調和の取れた政治環境を保ち、『公の為に力を致し、華僑として国に報じる』考えを堅持し、参政党としての役割を適切に果たし、最大公約数を見つけ出して最大の同心円を描くことである。中国の特色ある社会主義の偉大なる旗幟(きし)を掲げ(略)中華民族の偉大なる復興による中国の夢の実現のために共に戦う」
 
「中国致公党」の役割
 総綱を見ても分かるとおり、「中国致公党」は、民主主義国のような政党とは全く違い、中国共産党に忠誠を誓い、その指導下において中国の偉大なる復興、いわゆる「中国夢」のために邁進する一組織でしかない。
 この「中国致公党」の最大の役割は、中国共産党の統一戦線工作部が行う在外華人に対する働きかけ(僑務工作)とされる。中国の代表的な僑務工作組織は5組織あり、「五僑」と通称されている。すなわち、「国務院僑務弁公室」、「全人代華僑委員会」、「全国政協港澳台僑委員会」、「中華全国帰国華僑聯合会」、そして「中国致公党」だ。中国共産党から見た「中国致公党」の存在意義は、僑務を中心とした党の統一戦線工作の役に立つという一点にこそある。なかでも最も重要なのが、現在もなお海外各地の華人社会に大量に存在している洪門組織に対する統一戦線工作だ。海外の洪門組織は、チベット・ウイグルの民族運動や台湾における独立運動、対日歴史問題や尖閣問題、香港問題などで、中国政府を支持する華人のデモや華人団体の反対声明を支援し協力している。
 「中国致公党」の沿革や歴史を見ると、中国共産党は非合法組織である秘密結社「洪門」を政権内に取り込み、政権の維持・拡大に利用してきたのであり、先進国として世界のリーダーシップをとるべき国家としては、あまりにも前近代的で不透明な政治体制と言える。
 
万鋼氏はなぜ国葬に派遣されたのか
 中国政府は、台湾が李登輝元総統の次女の李安妮氏と元台湾立法院長蘇嘉全氏らを派遣することを早々に決めたため、対抗上、中国政府を代表する、ある程度の大物を出さざるを得なくなった。万鋼氏は、非共産党員で衛星政党の代表という立場だが、科学技術部長(大臣)に抜擢されるなど実績は十分にあり、政府内では副首相級の序列にある。要するに中国政府としては儀礼として弔意を表するが、中国共産党としては、中国に敵対した安倍元首相のことは決して認めないという意味が、万鋼氏の派遣に込められたメッセージなのではないだろうか。
 そして、万鋼氏が統一戦線工作の尖兵とされる「中国致公党」の代表であることも、今後の対日関係、対台湾関係という観点から見ても興味深い。