「落ち目のEU」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 ウクライナ戦争が一服という感じである。一服の間に両軍は戦争準備に勤しむか、休養を取るかするものだが、プーチン大統領は講演回りだ。中東の何十ヵ国かを集めて、なんと3時間半も自国の“正義”をぶち上げたという。もしロシアが勝っているならば、正義など語る必要はないはずだ。
 ロシアのみならずNATO諸国も皆、気が緩んでおり、戦争にきっぱりとした結末をつけられそうにない。世界をリードしてきた欧州各国もじり貧になって崩れ落ちようとしているかのようだ。
 経済的には、最も豊かと見られてきたドイツが窮地に追い込まれている。使用している天然ガスの半分以上を、カナダなどの他国産に切り替えざるを得ない。ロシア産ガスは、ドイツがそれを輸入し始める時から「止められたらどうするのか」という議論がつきまとっていた。その壁を「エイヤッ!」と乗り越えたのがメルケル前首相である。工業立国の要である燃料をロシアに頼り、生産物の輸出先を中国に頼った。自由主義国として最悪の立ち位置である。
 もう1つの大国であるフランスはどうか。この国は第二次世界大戦では4ヵ月で降伏し、4年余も米英の助けを待っていた。戦勝国には加われたが、輝かしい大国としての歴史は崩壊した。フランスが落ち目になった遠因は18世紀の世俗革命にあると目されているが、フランスの「ノブレス・オブリージュ」(貴族の高潔さ)は崩れる一方だ。その致命的失敗は、世俗的な憲法に基づき、フランス人がカトリック教の宗教教育までしなくなったことにあるのではないか。この結果、今の40代以下の男女はカトリック文化を全く受け継いでいない。フランスで美術を専攻する生徒達と教会の宗教画見学に同行した娘の話では、日本人のミッションスクール卒業生が当たり前のように知っているバイブルの知識を、フランス人の生徒たちは一片も知らなかったそうである。フランスの公立校では全く宗教教育を行っていない。カトリック系の学校に通うか、教会の日曜学校に親が連れて行かない限りキリスト教とは無縁の人間が出来上がるのだ。このため健全な宗教心と勇気を持ったフランス人の再興は期待できないだろう。
 EUは全体として見ると貧乏な国の方が多い。当初は、規律正しい統治機構を作って、欧州全域に広げていこうという趣旨だった。しかし数十年経つとEU事務局の主要ポストを占めるのは小国の役人上がりばかり。彼らは規制を使い大国の利益を犠牲にして小国の利益を図ってきたようだ。その不満の1つの表現がイギリスのEU脱退ではないか。
 知り合いのフランス人は「今、最も哀れなのは、ブランド製の洋服を着て、ブランドのカバンを持ちイスタンブールの空港に群がっているロシア青年だよ」と言う。戦いは罵り合いの段階に入ったが、決着にはまだまだ時間がかかるだろう。
(令和4年11月2日付静岡新聞『論壇』より転載)