「消えた新しい鉱物資源」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 今から30年以上前のこと、1987年に産経新聞が唐津一という学者に「正論大賞」を授与した。唐津氏が通信機器の世界を解説し、世界を明るくしたという功績である。唐津氏と石原慎太郎氏の対談も産経新聞に載ったが、当時の半導体産業の評価は「新しい鉱物資源」を発見したようなものだという。またこの鉱物資源は日本の独占的な生産が可能だという。これがあれば日本の経済は一方的な発展の道を辿れる。石原氏は先祖から遺産を貰っても嬉しいが、未知の鉱物資源を独占できるとなれば、なお有難いと有頂天であった。 
 私は経済に疎いから、新しい“鉱物資源”騒ぎの後、この日本の幸運の話を忘れてしまっていた。ところが2011年の東日本大震災の後、東北の山をつないで残したはずの半導体工場の現状を調べて、びっくり仰天した。
 100%に近いと信じていた日本の半導体のシェアは、一桁近くまで落ちていたのである。今、日米両国が必死で半導体工場を母国に呼び戻そうとしているが、信頼できる数字によると、目下、日本は6%。米国が54%、韓国が22%、中国は4%だ(メーカーの本社所在地別でみた21年のIC世界シェア)。
 ほぼ“独占”と信じていた半導体がなぜ世界シェアの1割にも満たない貧相な産業に落ちぶれたのか。半導体が中韓両国や台湾に流れ落ちて行ったのは日本の産業保護が弱すぎたせいだ。加えて2001年から先進国が中国を自由経済圏に招き入れた。また中国は西側諸国の最高学府などに優秀な留学生を送り込んだ。この千人計画は近年、米国側の退去命令で相当部分が凍結された。さらに中国のファーウェイ(華為)については、米国は情報漏洩の疑惑があるとして、その製品を輸入禁止にした。ファーウェイ製品が組み込んであれば、家電といえども米政府は買えない。世界一の大企業といえども、米国に睨まれては中小企業並みに落ちる。 
 目下、米国になびくか、中露になびくかで各国の趨勢が激しく流動している。エネルギーについても、どのような形の配分があるのか。ドイツはエネルギーの輸入元にロシア、自国製品の大口の輸出先に中国を想定してきた。この組み合わせをどう変えるかが、ドイツの苦しい課題だ。
 中国は今、西側諸国から一斉に蹴飛ばされており、今後西側の技術がなければ中国も発展しないだろう。今までのような、技術をごっそり盗んでくるといった戦術が通用しなければ、中国がこれまでのように発展する可能性は低い。
 これまでの日本の自然科学系のノーベル賞受賞者数は25人だが、中国大陸出身者は1人、韓国に至っては誰もいない。中韓両国が特にハンディを負っているとは思えないのに、なぜ受賞者が出ないのか。仲間と研究する魅力、永遠なる真実を追求していく姿勢など、新しいものを創り出していく人間性や、それを取り巻く環境に違いがあるのではないか。
(令和4年11月9日付静岡新聞『論壇』より転載)