中国が世界を支配する3つの技術

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷昌敏

 報道によれば、英国政府通信本部(GCHQ)のフレミング長官は10月11日の英国王立防衛安全保障研究所で行った講演において、「中国指導部は、国民を支援したり潜在能力を引き出すよりも、支配下に置く機会を模索しており、諸外国を潜在的な敵対国か従属国かのどちらかと見なし、脅迫や賄賂、強要の対象としている」と指摘した。また、「中国指導部は自国民、言論の自由、自由貿易、技術標準化などの要素のほか、開かれた民主的秩序やルールに基づく国際的体制への恐怖に駆られ、その恐怖心と強い国力が相まって、我々全員にとって大きな脅威となり得る行動に駆り立てられている」と論じた。また、「デジタル通貨の開発は利用者の取引を監視し、ロシアが直面しているような制裁を逃れる狙いがある」とし、「GPSの北斗については紛争が起きた場合に他国の宇宙へのアクセスを拒否するため、強力な衛星攻撃能力を構築しているというのが多くの人の見方だ」と指摘する。
 
 このフレミング長官の発言にある「デジタル通貨」、「衛星利用測位システム(北斗)」は、中国の技術覇権の中でも重要な地位を占めており、いずれ西側諸国にとって重大な脅威となりうるものだ。筆者は、これらに加えて、「量子コンピューター」も中国が先進的に独占するようなことがあれば、大きな脅威となることを指摘したい。いずれも2015年5月に中国政府が発布した「中国製造2025」において、長期戦略の重点目標となっているものだ。この「中国製造2025」は、ほかにも次世代情報技術や新エネルギー車など10の重点分野と23の品目を設定し、中国の製造業の高度化を目指すもので、建国100年を迎える2049年に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を目指す長期戦略の根幹である。
 
デジタル通貨人民元
 中国の法定デジタル通貨である「デジタル人民元」の動きが本格化してきた。すでに各地で実証実験が始まり、全国で数100万口座の個人・企業向け「デジタル人民元ウォレット」が開設され、累計の取引額は1兆円を超えたと言われる。
 中国で本格的な実証実験が始まったのは昨年10月、広東省深圳が最初だ。市内の商店など3000軒がデジタル人民元対応の機器などを設置し、抽選で選ばれた5万人に1口座200元のデジタル人民元計1000万元(1元は約18円)が配られた。その後、今年6月までに北京や上海、西安、蘇州などの大都市を中心に全国28都市にデジタル人民元が拡大された。中国人民銀行の発表によれば、今年10月までに累計の取引回数は1億5000万回、取引額は620億元を超えた。
 デジタル人民元導入の大きなメリットは、経済状況のリアルタイムでの把握が可能になる点にある。また、マネーロンダリングや麻薬などの違法な取引資金のあぶり出しや脱税の摘発といった犯罪行為の発見に役立つ。これまでも中国社会では、全国に張り巡らされた数億台の監視カメラ網「天網」とそれに連動した顔認識のシステム、全国民の個人情報により、個人の行動や履歴、信用情報などは、ほとんど秘匿できない。そこにデジタル人民元が加わることで、為政者が国内で発生しているすべてのことを瞬時に知り、国民をより一層、支配する時代が来ようとしている。
 
衛星利用測位システム(北斗)
 北斗は、中国が独自に建設中の衛星ナビシステムのことであり、その基本機能は天候に左右されず終日にわたって高精度の測位・ナビ・タイムサービスを、地上もしくは地上付近にいるユーザーへと提供することである。最初の北斗システムは、北斗1号として知られる3機の人工衛星で構成されており、2000年から中国と周辺国で航法に提供されていた。次の北斗2号では、35機の衛星で構成される全地球測位システムを目指した。2020年6月、北斗3号の最後の衛星が打ち上げられ、北斗は完成した。
 2018年には、北斗衛星ナビ測位システムは、すでにグローバルネットモデルを開通させ、業界市場・大衆市場・特殊市場およびスマートシティ等新興分野の発展に効果的な影響を与えていた。衛星ナビ・位置サービス産業の核心生産高における北斗の貢献率はすでに80%に達していた。
 元々、北斗が開発された原因は、1991年の湾岸戦争で、米軍がGPSを使い精密攻撃を行ったことで、米国のGPSに依存しない独自システムの構築を目指したことによる。1996年の台湾危機でGPS追尾が不能になったため、これを米軍の妨害と判断した中国軍は装備を北斗対応へ切り替えた。現在のところ、北斗が他の衛星を直接、攻撃する能力があるかは不明だが、中国軍向けに作られた北斗が混在していることも事実だ。
 
量子コンピューター技術と暗号技術
 中国は、2016年8月、量子暗号衛星「墨子」の打ち上げに成功した。これは「21世紀のスプートニク・ショック」と言われた。「墨子」は、量子通信を可能にする基礎技術の試験と開発のために打ち上げられたもので、米国ですら到達していない領域である。量子暗号は、現状のコンピューターでは解読ができず、従来の物理的盗聴は、どんな形であれ不可能とされている。2017年7月に地上・宇宙間の量子テレポーテーション、8月には量子鍵配送が成功し、9月に世界で初めて大陸間の量子暗号通信に成功した。
 現在、情報通信で使われる暗号は、解くためには計算に膨大な時間がかかることで、安全性を確保している。将来、ケタ違いの計算能力を持つ量子コンピューターが実現すれば、現在の暗号はすべて簡単に解かれてしまう。量子力学によれば、光子の偏光は測定したら変化する。この原理を応用して、送信者が受信者に光子の鍵を送信し、それが他者に盗聴されていないことを確認した場合のみ、その光子の情報を暗号鍵として使う。その鍵でメッセージを送れば、中身が盗み見られることはない(量子鍵配送)。この技術は解読不可能な暗号を必要とする軍事関係だけではなく、民間の情報セキュリティにも極めて有用である。
 
 中国の技術覇権は、これら3つの技術だけでとどまるものではない。AI、ドローン、半導体など、その質と量は脅威と言い得るものばかりである。
 科学は人類の発展と繁栄のために存在するものであり、人間をがんじがらめに統治したり、世界を支配するためにあるのではない。中国の先進的な科学技術は、一体これからどこに向かおうとしているのであろうか。